ジーザス、エブリワン!キートンです。
キリスト教では、どんな過ごし方をしているの??また、なんで安息日が日曜日なの?
こういった疑問にお答えします。
キリスト教には、安息日というとても大切な日があります。
はい、あながち間違ってはいませんがそれだけではありません。
ってかそれだけだったら、休日や祝日と変わらないじゃないですか!!
安息日は、キリスト教にとってとても大切な日です。
そこでこの記事では、クリスチャン歴28年の僕が
- 安息日とは何か?
- 安息日の過ごし方
- キリスト教の安息日が日曜日の理由
などについてご紹介したいと思います!
目次
“安息日”とは?
“安息日”とは、何もしてはいけないと定められた日のことです。
あ、これはもちろん、
この鉄のイスに貴様らを縛り付けてやるぜええええ!!
という非人道的な日では、断じてありません。(当たり前)
あくまでも、仕事などの活動をしてはいけないということです。(後述)
- あんそくにち
- あんそくび
- あんそくじつ
といった読み方があり、キリスト教の中でも統一されていません。
安息日の由来となった聖書箇所は?【天地創造】
安息日の由来となった聖書の箇所は、以下の部分です。
「8安息日を覚えて、これを聖とせよ。 9六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。 10七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。 11主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。」
(出エジプト記20章8~11節)
これは“十戒”と呼ばれる10の決まりの1つで、神様がイスラエル(ユダヤ)人に向けて定められたものです。
ここにも書かれていますが、神様はこの世界を6日間で造られ7日目に休まれました。
これを“天地創造”といいます。
そして、神様でさえも7日目に休まれたのだから私たち人間も7日目は休もうということで安息日が生まれたのです。
「こうして天と地と、その万象とが完成した。 2神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。 3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。」
(創世記2章1~3節)
まあ、ここでいう7日間は神様感覚の7日間で、実はもっと長い期間だったのではないかという説もありますが。。
ちなみに、天地創造の流れは以下の通りです。
◎天地創造の流れ
- 1日目 光を造った。昼と夜を分けた。
- 2日目 空(天)を造った。
- 3日目 地上と海を造った。地上に植物を生やした。
- 4日目 太陽と月と星を造った。
- 5日目 海と空の生物(魚や鳥など)を造った。
- 6日目 地上の生物(獣や人など)を造った
- 7日目 自分の仕事に満足して、休んだ。
天地創造については、【聖書】”天地創造”の意味とは?この世界は6日間で造られた!?をどうぞ
安息日の過ごし方は?【神様に礼拝をささげます】
では、安息日にキリスト教徒たちは、どのように過ごしているのでしょうか。
もちろん、家でゴロゴロしながらポテチをほおばっているわけではありません!!
基本的に安息日には、心を落ち着かせて神様に礼拝をささげるときを持ちます。
もっと具体的に言うなら、
などをして、神様とじっくりと交わる時間を過ごすんですね。
そのため、安息日には教会に集まるのが一般的です。
もちろん、中には家で1人で礼拝をささげる方もいますが僕は毎週教会に通って礼拝をささげています!
この安息日があるからこそ、身も心も休めて、次の日からまた一週間の活動を元気に始めることができるんですね。
ちなみに、ユダヤ教では安息日の禁止事項が多く、かなり厳格ですが、
キリスト教はそこまで厳しくありません。
☟僕の教会での一日については、こちらの記事をどうぞ
なぜキリスト教の安息日は日曜日なの!?【キリストが復活されたから】
では、キリスト教の安息日が日曜日とされているのはなぜでしょうか。
それは、イエスキリストが復活されたのが日曜日だとされているからです。
聖書にも、こう記されています。
「1さて、安息日が終って、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。(中略)5この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、 6もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。さあ、イエスが納められていた場所をごらんなさい。」
(マタイによる福音書28章1~6節)
ここには週の初めの日とあり、これが現在で言う日曜日にあたるわけです。
キリストの復活は、キリスト教の核となる超重要な出来事。
そのため、カトリックが日曜日を安息日とし、プロテスタントもそれにならうことになりました。
ただし、聖書には、安息日が日曜日だという記述は一切ありません。
むしろ、聖書の記述に従うなら本当の安息日は一週間の7日目、つまり
土曜日(金曜日の日没から土曜日の日没)ということになります。
「1こうして天と地と、その万象とが完成した。 2神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。 3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。」
(創世記2章1~3節)
「32これはあなたがたの全き休みの安息日である。あなたがたは身を悩まさなければならない。またその月の九日の夕には、その夕から次の夕まで安息を守らなければならない」。」
(レビ記23章32節)
そのため、キリスト教の中でも、
- セブンスデー・アドベンチスト教会
- 真イエス教会
- イエス之御霊教会
といったグループは、土曜日を安息日としています。
また、正教会のように、礼拝は日曜日に行うが、
ちなみに、旧約聖書のみを信じるユダヤ教でも安息日は土曜日となっています。
聖書時代の安息日は厳しかった!?
聖書の時代、信仰熱心なユダヤ教徒たち(ファリサイ派など)は、モーセの十戒を強く重んじており、
そのため安息日を守ることにもかなり厳格でした。
例えば、安息日には、
- 種まき
- 刈り入れ
- 売買
- 食事の用意
- 急病以外の病の癒し
- 900メートル以上の歩行
などは全て禁止されていました。
まあ、明らかに行き過ぎていますよね!
こんなの、気軽にジョギングすらできないじゃないですか!!
このように、聖なる日である安息日は、いつの間にか形式的に守るだけの規則に成り下がってしまっていたのです。
そして、このことを批判したのがイエスでした。
実際、ファリサイ派の人たちとイエスは、何度か安息日を巡って火花を散らしています。
「23ある安息日に、イエスは麦畑の中をとおって行かれた。そのとき弟子たちが、歩きながら穂をつみはじめた。 24すると、パリサイ人たちがイエスに言った、「いったい、彼らはなぜ、安息日にしてはならぬことをするのですか」。 (中略) 27また彼らに言われた、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。 28それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。」
(マルコによる福音書2章23~28節)
イエスは、安息日に何かといちゃもんを付けてくるファリサイ派の人たちを、その度に説き伏せました。
なぜなら、彼らは安息日を形式に守るだけで、その心は神様からは遠く離れてしまっていたからです。
ファリサイ派の人たちは、イエスが安息日に人の病を癒されたときにも、それを批判しようとしました。
「1イエスがまた会堂にはいられると、そこに片手のなえた人がいた。 2人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていた。 」
(マルコによる福音書3章1、2節)
上記で見たように、ユダヤ教の人たちは、安息日には急病以外で人の病を癒すことさえも禁止していたからです。
しかし、イエスはこう語られました。
「3すると、イエスは片手のなえたその人に、「立って、中へ出てきなさい」と言い、 4人々にむかって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」と言われた。彼らは黙っていた。」
(マルコによる福音書3章3、4節)
ファリサイ派の人たちは、こんな簡単なことも分からなくなるほど、正しい信仰を見失っていたのです。
ってか、
ファリサイ派の人たちのいう安息日って、全然安息できないような気がするんですが。(正論)
当時のユダヤ教徒たちについては、【まとめ】イエス・キリストと敵対したユダヤ教の主な宗派とは?をどうぞ
まとめ:安息日は休息をとって神様に礼拝を捧げる日!
一般的には使われることのない、安息日という言葉。
皆さん、理解できましたか?
ただの休日とも違う大切な日だということが分かりましたね!
それにしても、安息日って響きなんかいいですよね。
あーあ、
毎日、安息日にならないかなあ。(働きたくないだけ)
キートンでした。