ジーザス、エブリワン!キートンです。
皆さんは、占いを信じていますか?
毎朝テレビを見れば、色んなテレビ局が占いをやっていますよね。
今日は何をしても裏目に出てしまうので、家でじっと大人しくしておきましょう!!
という感じのあれです。
また、路上で占いを行っている人がいたり、たくさんの占い本が出版されていたりするなど、世の中には占いが溢れています。
そう、日本人は占いが大好きなんです。
では、占いというのはキリスト教的に信じていいものなのでしょうか?
そこで今回はクリスチャンの僕が、
- キリスト教的に占いはオッケーなのか?
- もしダメならその理由は?
などについてお話したいと思います!

Contents
占いとは?

占いとは、何らかの方法で人の運勢や将来などについて予言や判断をすることです。
その種類は、
- 血液型占い
- 手相占い
- 星座占い
- タロット占い
- 夢占い
など多岐に渡ります。
日本でも、定期的に様々な占いブームが巻き起こりますね。
ただし、占いの信ぴょう性に関しては、科学的に証明されていません。

キリスト教的に占いってどうなの?【基本はNGです】
結論から言うと、占いは基本的にキリスト教から見てNGです。
なぜなら、聖書にはっきりとこう記されているからです。
「また占いをする者、卜者、易者、魔法使、 11呪文を唱える者、口寄せ、かんなぎ、死人に問うことをする者があってはならない。 12主はすべてこれらの事をする者を憎まれるからである。」
(申命記18章10~12節)
神様は占いをする者を憎まれるとまで書かれていますね。
また、新約聖書にはこうもあります。
「肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、 20偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、 21ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。」
(ガラテヤ人への手紙5章19~21節)
ここでいう”まじない”というのが、占いのことですね。
この箇所以外にも、
「そむくことは占いの罪に等しく、強情は偶像礼拝の罪に等しいからである。」
(サムエル記上15章23節)
など、聖書には占いが良くないことだと書かれている箇所がいくつもあります。
では、なぜ占いはしてはいけないのでしょうか?
理由①占いは悪魔・悪霊の働きによるものだから

占いにも様々な種類がありますが、キリスト教において占いは、悪魔や悪霊の働きによるものだと考えます。
占いは基本的に、超自然的な存在に頼るものですからね。
実際、聖書の中にも、悪霊に憑りつかれた女奴隷の占い師が出てきます。
「ある時、わたしたちが、祈り場に行く途中、占いの霊につかれた女奴隷に出会った。彼女は占いをして、その主人たちに多くの利益を得させていた者である。」
(使徒行伝16章16節)
彼女は、主人たちに占いを使ってお金もうけをさせられていたのです。
しかし、使徒パウロが彼女から悪霊を追い出すと、彼女は占いができなくなってしまいました。
この箇所を見ると、彼女の占いが悪霊の働きによってもたらされていたことが分かりますね。

確かに、テレビで占いを見て楽しむくらいはいいでしょう。
しかし、あまりにもその内容を深く信じてしまうと、悪魔や悪霊にコントロールされてしまう危険性があります。


理由②未来のことを決めるのは神様だから

そもそもの話ですが、人間が占いによって未来のことを知ろうとすることは非常におこがましい行為です。
なぜなら、未来のことをお決めになるのは神様だからです。
聖書にはこうあります。
「彼らは虚偽を言い、偽りを占った。彼らは主が彼らをつかわさないのに『主が言われる』と言い、なおその言葉の成就することを期待する。 7あなたがたはむなしい幻を見、偽りの占いを語り、わたしが言わないのに『主が言われる』と言ったではないか」。」
(エゼキエル書13章6、7節)
聖書の時代当時は、神の言葉ではなく、自分勝手な預言を語る”偽預言者”なる存在がたくさんいました。
そして、占いも偽預言と同じく、神様を通していない勝手な判断に過ぎません。
占いによって未来を知ろうとするのは、明らかに神様の御心に背く行為。
未来のことが知りたいなら、神様に直接お聞きする以外にないのです。

理由③占いの動機は”未来への恐れ”だから

そもそも、人はなぜこんなに占いをするのでしょうか?
それは、将来どうなるのかが不安でたまらないからです。
もちろん、単なる好奇心で占いをする人もいるでしょうが、多くの人はそうではないでしょう。
未来が見えなくて不安だから、占いをしてしまうのが大半なのです。

しかし、本来、人間は将来を不安に思う必要などありません。
なぜなら、神様がいつも希望に満ちた素晴らしい未来を用意しておられるからです。
聖書にはこうあります。
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。」
(エレミヤ書29章11節)
占いに頼るということは、それだけ将来が不安で、神様を信頼できていないということ。
未来のことは神様におゆだねして、私たち人間はどっしり構えていればいいのです。
ですから、占いがダメとかいう以前に、神を信じる者に占いなど不要というのが本質だと言えるでしょう!

聖書に登場する占い系エピソード
では、聖書に書かれている占い系エピソードを見てみましょう。
サウルと口寄せの女

「サウルはしもべたちに言った、「わたしのために、口寄せの女を捜し出しなさい。わたしは行ってその女に尋ねよう」。」
(サムエル記28章7節)
イスラエルの初代王様サウルはあるとき、敵のペリシテ人との戦いを前にして恐れおののいていました。
そこで彼が頼ったのは、口寄せの女、つまり霊媒(れいばい)師でした。
なぜなら、今後の運命がどうなるのかが分からず、不安だったからです。

そして、サウルが呼び出してもらったのは、既に亡くなっていた預言者のサムエルでした。
サウルはサムエルに、今後どうすればいいのかを聞こうとしたのです。
しかし、サムエルはサウルに、

と残酷な未来を告げます。
元々王様になった頃のサウルは、神様に仕え、祝福されていた人物でした。
しかし、次第に神様に従わなくなり、占いに頼るようなったサウルには、もはや神のご加護はなかったのです。

ユダヤ人のまじない師

「そこで、ユダヤ人のまじない師で、遍歴している者たちが、悪霊につかれている者にむかって、主イエスの名をとなえ、「パウロの宣べ伝えているイエスによって命じる。出て行け」と、ためしに言ってみた。」
(使徒行伝19章17~19節)
これは、使徒パウロがエペソの町で人々の病気を癒したり、悪霊を追い出したりしていたときのこと。
ユダヤ人のまじない師たちが、エペソにやって来ました。
そして、パウロの真似をして、悪霊に憑かれた人たちに向かって言いました。

悪霊よ、出て行け!
恐らく、自分たちも同じように悪霊を追い出すことができると思っていたのでしょう。
ところが、悪霊は出ていくどころか、
悪霊に憑かれた人が彼らに襲い掛かり、ズタボロにしてしまいました。
そして、彼らはけがを負ったうえに裸にさせられ、命からがらその家から逃げだします。
その結果、この話を聞いた人々は恐れ、主イエスの名をあがめるようになりました。
また、魔術を行っていた人たちは、自分たちの魔術の本を皆の前で焼き捨てたそうな。

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まとめ:占いにハマりすぎないように気を付けよう!

日本には、占いの類があちこちに溢れています。
確かに、心が弱っているときは、そうしたものにすがってしまいたくなりますよね。
しかし、私たちには、神様という心強い味方がおられます。
占いなんかに頼る必要はないのです!
まあせいぜい、エンタメとして楽しむ程度にしておきましょう。
キートンでした。
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