ジーザス、エブリワン!キートンです。
近年、メンタルヘルスの重要性がますます高まってきています。
- 人間関係
- 経済の問題
- 家庭の問題
など、様々な原因で精神的に病んでしまったり、うつになってしまったりする人が増えているからです。
しかし、これは今に始まったことではありません。
実は、はるか昔の聖書の時代にもうつ状態になってしまった人物たちがいたのです。
もちろん、彼らが今でいう”うつ病”だったのかまでは分かりませんが。(精神科医ではないので)
そこで今回は、クリスチャンの僕が
- うつになった聖人たちを5人の体験談
- 彼らはうつをどう乗り越えたのか?
などについてご紹介していきます!
目次
うつ病状態を経験した聖書の有名人5人まとめ【どう乗り越えた?】
それでは、5人それぞれの体験談を見ていきましょう!
※聖書の登場順になっています。
- モーセ ➡1人で重荷を負いすぎちゃった
- エリヤ ➡燃え尽きちゃった
- ヨブ ➡災いが多すぎちゃった
- エレミヤ➡皆に嫌われすぎちゃった
- パウロ ➡宣教旅行がハードすぎちゃった
①モーセ ➡1人で重荷を負いすぎちゃった
出エジプトも果たしたあなたほどの指導者が、なぜうつ状態になってしまったんですか?
イスラエル人たちの文句を聞き、彼らのために食べ物や飲み物を与え、周りの民族の攻撃にも注意しなければならなかったのです。
その重荷に、私の心は耐え切れなくなってしまいました。
◎モーセのうつ発言
「わたしひとりでは、このすべての民を負うことができません。それはわたしには重過ぎます。 15もしわたしがあなたの前に恵みを得ますならば、わたしにこのような仕打ちをされるよりは、むしろ、ひと思いに殺し、このうえ苦しみに会わせないでください」。」
(民数記11章14、15節)
モーセは、エジプトの奴隷状態だったイスラエル人たちを連れ出したことで知られる、聖書を代表する預言者です。
他にも、
- 海を割る奇跡を起こす
- 神様から十戒を受け取る
などの有名なエピソードがありますね。
そんな偉大な指導者が苦しむことになったのは、無事に出エジプトを果たした後のことでした。
イスラエル人たちは奴隷から解放されたにも関わらず、モーセに様々な文句を言い始めたのです。
例えば、
あるいは、
などなど。
水がないときは、石でモーセを打ち殺そうとしたこともありました。
あげくの果てには、エジプトにいた頃のほうがましだったとまで言い出す始末!(恩知らずか)
彼らは、奴隷だった頃の辛い労働生活を忘れてしまっていたのです。
モーセは、そんな彼らの文句を浴び続け、その度に神様からの食べ物や飲み物を与えていました。
「主はモーセに言われた、 12「わたしはイスラエルの人々のつぶやきを聞いた。彼らに言いなさい、『あなたがたは夕には肉を食べ、朝にはパンに飽き足りるであろう。そうしてわたしがあなたがたの神、主であることを知るであろう』と」。」
(出エジプト記16章11、12節)
これだけでもうつになりそうですが、モーセの負担はこれだけではありませんでした。
旅の途中で攻撃してくる他民族にも目を光らせる必要があったのです。
実際、モーセたちは、アマレク人たちと戦闘になったこともありますね。
「ヨシュアはモーセが彼に言ったようにし、アマレクと戦った。モーセとアロンおよびホルは丘の頂に登った。」
(出エジプト記17章10節)
そう、モーセはあまりにもたくさんの重荷を背負い過ぎたのです。
そして、イスラエル人たちが再び食べ物のことで文句言ったとき、ついにモーセの心は限界に達してしまいました。
モーセは神様に言いました。
こんな仕打ちをするのなら、どうか私を殺してください!
あれだけ忍耐強く、神様を信頼し続けたモーセが、ついに死を願うほどに追い詰められてしまったのです。
自殺願望は、うつの典型的な症状の1つですね。
現代でも、様々な仕事がのしかかって、うつになってしまうという人が少なくありません。
そんなときは、どうすれば良いのでしょうか。
それは、他の人と負担を分け合うことです。
モーセは、明らかに1人で重荷を負い過ぎていましたからね。
神様はモーセのお祈りに答えられました。
あなたの重荷を、彼らにも負わせよう。
こうして、モーセの負担は軽くなり、うつから解放されていきました。
そして、目指していたカナンの地のほうまで、民たちを導くことができたのです。
うつは、他の人に頼れない人がなりやすいとも言われています。
仕事や負担はキャパオーバーになるまで自分1人で抱え込んではいけないんですね!
モーセについては、【聖書人物】”モーセ”とはどんな人?海を割った偉大な預言者!?をどうぞ
②エリヤ ➡燃え尽きちゃった
なぜそんなあなたがうつになってしまったんですか?
しかし、その後、王妃イゼベルに殺人予告をされ、恐怖と不安に囚われてしまいました。
戦いの直後で、燃え尽きてしまったのかもしれません。。
◎エリヤのうつ発言
「主よ、もはや、じゅうぶんです。今わたしの命を取ってください。わたしは先祖にまさる者ではありません。」
(列王記上19章4節)
エリヤは、北イスラエルで活躍した聖書を代表する預言者です。
その生涯で様々な奇跡を起こし、死を経験することなく天に上げられたというとんでもエピソードもあります。
エリヤは王様バアルにも堂々と間違いを指摘し、預言を語る勇気のある人物でした。
しかも、数百人もの異教の預言者たちと“真の神様はどーっちだ?”対決をし、勝利を収めたりもしています。
ここだけ見るとうつとは無縁にも思えますが、異変は預言者との戦い後に起こりました。
エリヤが自分たちの預言者を殺したことを聞いた王妃のイゼベルがエリヤに殺人予告をしたのです。
「イゼベルは使者をエリヤにつかわして言った、「もしわたしが、あすの今ごろ、あなたの命をあの人々のひとりの命のようにしていないならば、神々がどんなにでも、わたしを罰してくださるように」。」
(列王記上19章2節)
イゼベルといえば、北イスラエルに異国の神を持ち込み、たくさんの正しい預言者を殺してきたとんでもない悪女。
この予告を聞いたエリヤは、すっかり恐れにとらわれてしまいました。
また、異教の預言者たちとの戦いに勝ったのに、イゼベルたちの心が何も変わっていないことへの失望もあったでしょう。
エリヤは逃げ出したあげく、こんなことを神様に言います。
どうか私の命を取ってください!!
今までの力強く雄々しい姿が嘘のようですね。。!
エリヤは燃え尽き症候群のようになり、うつ状態になってしまったのです。
現在でも、
- 長時間労働
- 厳しいノルマ
などのストレスで、このような状態になる人がいますね。
しかし、神様はそんなエリヤを責め立てて、無理やり頑張らせることはありませんでした。
パンと水を与え、ゆっくりと休ませたのです。
「彼はれだまの木の下に伏して眠ったが、天の使が彼にさわり、「起きて食べなさい」と言ったので、 6起きて見ると、頭のそばに、焼け石の上で焼いたパン一個と、一びんの水があった。彼は食べ、かつ飲んでまた寝た。」
(列王記上19章5、6節)
うつになったときに、きちんと休息をとるというのはとても大切なことですね。
特にエリヤは、今までずっと緊張状態の中で戦い続けてきたのですから、疲れ切っていたのかもしれません。
こうして、休息をとることができたエリヤは、少しずつ回復へと向かっていきました。
そして、エリヤは再びバアル王に預言を語り、悔い改めへと導くようになるのです。
燃え尽きてしまう前に、必ず休息を取ることが大切ですね!
エリヤについては、預言者”エリヤ”とはどんな人物?神様からの超お気に入り!?【3分で分かる】をどうぞ
③ヨブ ➡災いが多すぎちゃった
なぜうつになってしまったんですか?
そのうえ、重い皮膚病にもかかってしまい、絶望の淵に追いやられてしまったのです。
しかも、慰めに来たはずの友人たちにも責め立てられてしまって。。
◎ヨブのうつ発言
「わたしの嘆きはわが食物に代って来り、わたしのうめきは水のように流れ出る。 25わたしの恐れるものが、わたしに臨み、わたしの恐れおののくものが、わが身に及ぶ。 26わたしは安らかでなく、またおだやかでない。わたしは休みを得ない、ただ悩みのみが来る」。」
(ヨブ記3章24~26節)
ヨブは、今回ご紹介する中でも、最も悲惨な目にあった人物です。
ヨブは神様公認のとても正しい人で、子供や家畜にも恵まれたお金持ちでした。
まさに非の打ち所がない人生ですよね。
しかし、そんな彼に突然、サタンの災いが降りかかりました。
具体的には、
- 牛やロバがシェバ人に盗まれ
- 天からの火で羊と羊飼いたちが焼き殺され
- カルデヤ人にラクダを盗まれ
- 大風によって子供たちが死に
- ヨブの全身に悪性の腫れ物ができる
というとんでもない悲劇に襲われたのです。
「使者がヨブのもとに来て言った、「牛が耕し、ろばがそのかたわらで草を食っていると、 15シバびとが襲ってきて、これを奪い、つるぎをもってしもべたちを打ち殺しました。わたしはただひとりのがれて、あなたに告げるために来ました」。」
(ヨブ記1章14、15節)
何というか、私たちの普段の苦しみがちっぽけに思えてきますよね。。
挙句の果てに、奥さんまでこんなことを言いだしました。
いっそのこと、神を呪って死になさい。
。。。いや、せめてあんたは味方になってあげんかい!!
あれだけひどい目にあって、奥さんにまでこんなこと言われたら発狂するわ!!!(怒)
まあ確かに、神を呪っても無理はない状況ですが。。
しかし、それでも正しい人ヨブは、神様に文句すら言いませんでした。
それどころか、
と言ってのけたのです。
「しかしヨブは彼女に言った、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」。すべてこの事においてヨブはそのくちびるをもって罪を犯さなかった。」
(ヨブ記2章10節)
えーと、ヨブさんは聖人か何かですかね。。?
しかし、お話はここで終わりません。
そんな絶望的な状況のヨブを慰めるために、3人の友人たちがやって来ます。
そこでヨブは、自分の素直な気持ちを友人たちに話しました。
このときのヨブの発言には、深刻なうつの症状が現れています。
こんなことならば、生まれてこない方がよかった。
あるいは、生まれてすぐ死んでいたら今ごろ安らかに眠っていただろうに。
私から出るのはため息ばかりで、食欲もない。
明らかに普通の精神状態ではありません!
- 自殺願望
- 憂鬱な気分
- 食欲減退
など、うつの典型的な症状が出ているのが分かりますね。
『ああ、この落ち込んでいるヨブを友人たちが元気づけて、うつから立ち直るのね!!』
。。。と思いきや、そんな精神状態のヨブに対して、
なんと友人たちは責め立て始めました。(鬼か)
神様にゆるしを求めろ!
本当に友人なんですかね、この人たち。。
うつの相手に絶対にしてはいけない行為です!!ありえん!!
それに対してヨブは、自分の無罪を主張し、激しい口論が始まってしまいます。
ヨブの精神状態はますます悪くなり、その後も様々なうつ発言が飛び出します。
「またわたしのやせ衰えた姿が立って、わたしを攻め、わたしの顔にむかって証明する。」
(ヨブ記16章8節)
「わたしの顔は泣いて赤くなり、わたしのまぶたには深いやみがある。」
(ヨブ記16章16節)
「わたしの望みはどこにあるか、だれがわたしの望みを見ることができようか。」
(ヨブ記17章15節)
しかし、そんな絶望のさなか、ついにヨブの前に神様が現れました。
神様は、ちゃんとヨブの叫びを聞いてくださっていたのです。
神様はヨブや友人たちの間違いについて指摘されましたが、その後にすごいことが起きました。
なんと
- ヨブの財産は以前の2倍になり
- 家畜も以前より増え
- 7人の息子と3人の娘も与えられ
たのです。
「ヨブがその友人たちのために祈ったとき、主はヨブの繁栄をもとにかえし、そして主はヨブのすべての財産を二倍に増された。(中略)12主はヨブの終りを初めよりも多く恵まれた。彼は羊一万四千頭、らくだ六千頭、牛一千くびき、雌ろば一千頭をもった。 13また彼は男の子七人、女の子三人をもった。」
(ヨブ記42章10~13節)
こうして、ヨブは以前にも増して神様に祝福されていきました。
そして、神様から見捨てられたのではないか、という苦しみからも解放されていったのです。
ヨブについては、【解説】ヨブ記の”ヨブ”ってどんな人物?聖書1の苦労人!?【5分で分かる】をどうぞ
④エレミヤ➡皆に嫌われすぎちゃった
人々に預言を語っても完全に無視されて、拒絶されたうえに拷問まで受けるのですから。
私は無力感に襲われ、いつしか涙を流すようになったのです。。
◎エレミヤのうつ発言
「わたしの生れた日はのろわれよ。母がわたしを産んだ日は祝福を受けるな。」
(エレミヤ書20章14節)
エレミヤは、南王国のユダで活躍した預言者で、あるときに神様から使命を与えられました。
最初は若さを理由に断っていたエレミヤでしたが、使命を受け入れ、南王国ユダの人々に預言を語り悔い改めを訴えました。
しかし、いざ預言を語り始めても、誰もエレミヤの声に耳を貸そうとする者はいません。
なぜなら、当時は自分たちに都合のいい甘い預言を語る、偽預言者たちが好まれていたからです。
ユダの人々からすれば、罪を指摘し、厳しい言葉を語るエレミヤはさぞ鬱陶しかったのでしょう。
その結果、エレミヤは、
- 王様
- 偽預言者
- 家族
- 祭司
- 友人
などあらゆる人々から嫌われ、拒絶されました。
このことについて、エレミヤはこのように語っています。
「わたしは一日中、物笑いとなり、人はみなわたしをあざけります。」
(エレミヤ書20章7節)
また、他にもエレミヤは、
- パシフェルという祭司に主の宮の門にある足かせにつながれる
- 祭司や預言者たちに「死刑に当たる」と裁判にかけられる
- 役人たちに打ち叩かれた後で牢獄にぶち込まれ、泥に沈められるという拷問を受ける
- 同郷の人々からエレミヤ暗殺計画を企てられる
などのひどい目にも度々あいました。
うん、こんなのうつにならないほうがおかしいですね。。
しかも、エレミヤは神様によって、結婚することも禁じられていたので家庭もなく、完全な孤独状態にあったのです。
「主の言葉はまたわたしに臨んだ、 2「あなたはこの所で妻をめとってはならない。またむすこ娘を持ってはならない。」
(エレミヤ書16章1、2節)
預言を語っても拒絶されるし、自分の努力は全く報われない。
こうして、エレミヤは自分の無力感に苦しみ、嘆きを神様に告白するようになりました。
さて、ここで聖書に書かれている、エレミヤさんの嘆き集を見てみましょう。
「ああ、わたしはわざわいだ。わが母よ、あなたは、なぜ、わたしを産んだのか。全国の人はわたしと争い、わたしを攻める。わたしは人に貸したこともなく、人に借りたこともないのに、皆わたしをのろう。」
(エレミヤ書15章10節)
「どうしてわたしの痛みは止まらず、傷は重くて、なおらないのですか。あなたはわたしにとって、水がなくて人を欺く谷川のようになられるのですか。」
(エレミヤ書15章18節)
「わたしの生れた日はのろわれよ。母がわたしを産んだ日は祝福を受けるな。」
(エレミヤ書20章14節)
いやー、凄い嘆きっぷりですね。
お母さんに、なぜ私を産んだのかとまで言ってますからね。。これぞ”涙の預言者”。。
しかし、エレミヤの嘆きに対して、神様は励ましの言葉で答えられました。
と。
「わたしはあなたをこの民の前に、堅固な青銅の城壁にする。彼らがあなたを攻めても、あなたに勝つことはできない。わたしがあなたと共にいて、あなたを助け、あなたを救うからであると、主は言われる。 21わたしはあなたを悪人の手から救い、無慈悲な人の手からあがなう」。」
(エレミヤ書15章20、21節)
こうして、エレミヤは苦難を受け入れる覚悟をし、40年間も預言を語り続けたのです。
結局、エレミヤが生きている間、その言葉が人々に届くことはありませんでしたが、
エレミヤの預言は、後の聖書の書物にも何度も引用される重要なものとなりました。
エレミヤのように、自分の愚痴を素直に吐き出すのはメンタルヘルス的にも重要ですね。
エレミヤについては、“エレミヤ”ってどんな人?通称”涙の預言者”!?【3分で分かる】をどうぞ
⑤パウロ ➡宣教旅行がハードすぎちゃった
そんなあなたでも、うつ状態になったことがあるのですか?
投獄にむち打ちなど、ありとあらゆる苦難が私を襲ったため、正直くじけそうになったこともあったのです。。
◎パウロのうつ発言
「兄弟たちよ。わたしたちがアジヤで会った患難を、知らずにいてもらいたくない。わたしたちは極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みをさえ失ってしまい、 9心のうちで死を覚悟し、自分自身を頼みとしないで、死人をよみがえらせて下さる神を頼みとするに至った。」
(コリント人への第二の手紙1章8、9節)
パウロは、キリスト教を世界に広め、新約聖書の多くの手紙を書いた偉大な伝道者です。
元々はキリスト教徒を迫害する札付きの悪でしたが、イエスと出会い、熱心なクリスチャンへと生まれ変わりました。
パウロはとてもストイックな人物で、今回ご紹介している人物たちのように弱音を吐くことはほとんどありませんでした。
しかし、それでも彼の記述からうつ的な要素がいくつか垣間見えます。
例えば、アジアのエペソという大都市に行ったときは、生きる望みを失ったと言っていますし、
「兄弟たちよ。わたしたちがアジヤで会った患難を、知らずにいてもらいたくない。わたしたちは極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みをさえ失ってしまい、 9心のうちで死を覚悟し、自分自身を頼みとしないで、死人をよみがえらせて下さる神を頼みとするに至った。」
(コリント人への第二の手紙1章8、9節)
マケドニアに行ったときには、休むこともできず心にも恐れがあったと書いています。
「さて、マケドニヤに着いたとき、わたしたちの身に少しの休みもなく、さまざまの患難に会い、外には戦い、内には恐れがあった。」
(コリント人への第二の手紙7章5節)
では、なぜこれほどパウロは苦しむことになったのでしょうか?
それは、3度にも渡る宣教旅行の中でありとあらゆる苦難を経験したからです。
パウロは、その苦難についてこのように書いています。
「彼らはキリストの僕なのか。わたしは気が狂ったようになって言う、わたしは彼ら以上にそうである。苦労したことはもっと多く、投獄されたことももっと多く、むち打たれたことは、はるかにおびただしく、死に面したこともしばしばあった。 24ユダヤ人から四十に一つ足りないむちを受けたことが五度、 25ローマ人にむちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、そして、一昼夜、海の上を漂ったこともある。 26幾たびも旅をし、川の難、盗賊の難、同国民の難、異邦人の難、都会の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、 27労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢えかわき、しばしば食物がなく、寒さに凍え、裸でいたこともあった。」
(コリント人への手紙Ⅱ 11:23-27)
このように、パウロは伝道する中で、
- 投獄されたり
- 鞭打たれたり
- 死にかけたり
- 石に打たれたり
- 飢えたり
といった“うつへのフルコースメニュー”を味わったのです。
しかし、パウロは並みの根性の持ち主ではありませんでした。
ただ、落ち込んでへこたれるということはなかったのです。
では、パウロは一体どうやって自分を奮い立たせていたのでしょうか?
実は、パウロはマイナスな出来事もプラスに変換する達人だったのです。
例えば、これらのパウロの言葉を見てください。
「わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。 9迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。」
(コリント人への第二の手紙4章8、9節)
「だから、わたしはキリストのためならば、弱さと、侮辱と、危機と、迫害と、行き詰まりとに甘んじよう。なぜなら、わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである。」
(コリント人への第二の手紙12章10節)
どれも必ず前向きな発言で終わっているのが分かります。
パウロはどんな困難からも希望を見いだして、上書きしていきました。
それは、パウロが神様のことを信頼していたからでした。
また、パウロは完全に1人で闘っていたわけではありません。
他の人々のお祈りがパウロの心の支えになっていた部分もあったようです。
パウロは、このように言っています。
「そして、あなたがたもまた祈をもって、ともどもに、わたしたちを助けてくれるであろう。」
(コリント人への第二の手紙1章11節)
このように、神様、そして周りの人々の支えもあってパウロは苦難の中でも、キリストのことを伝え続けられたのです!
パウロについては、【聖書人物】使徒”パウロ”ってどんな人?悪人から聖人になった!?をどうぞ
まとめ:偉大な聖書人物たちもうつを経験していた!
- モーセ ➡1人で重荷を負いすぎちゃった
- エリヤ ➡燃え尽きちゃった
- ヨブ ➡災いが多すぎちゃった
- エレミヤ➡皆に嫌われすぎちゃった
- パウロ ➡宣教旅行がハードすぎちゃった
僕も今まで何度かうつを経験したことがあり、今でも定期的にその症状が表れます。
そんなときは、どうしても、
ああ、情けない。。
とネガティブなことを考えてしまいがちです。
しかし、聖書の偉大な人物たちのエピソードを聞くと、それは明らかな間違いだと気づきます。
彼らももちろん弱さを抱えた人間ですが、信仰が強く、勇気のある人物ばかりです。
そう、うつというのは誰でもなり得るものなのです。
ですから、今うつの状態にある人も絶望せず、神様に希望を持って歩んでいきましょう!
キートンでした。
☟参考文献
キートン牧師も鬱を経験なさったのですね。いま現在鬱状態の只中を主なる神さまと通っているところです
何もやる気が起こらず、教会の牧師ご夫妻や兄弟姉妹のとりなしのお祈りに支えられ、自宅で引きこもる生活を送っています
大好きだった庭の花たちの手入れもできず「いったい、どうなったんだぁ〰」自問しつつも、自我が砕かれているのね〰✨
でも、砕かれる過程って辛いなぁ〰
誰にもぼやけず投稿してしまったこと、本当はそれこそ、主なる神さまへ叫ぶのですよね✨
長々、お読みくださったことを感謝します
テンテンクリさん、コメントありがとうございます!(僕は牧師ではないですが。。笑)
鬱は辛いですよね。。経験をしたことがある人にしか分からない苦しみだと感じます。
テンテンクリさんのこの経験も神様によって取り扱われ、益に変えられていきますように。鬱が速やかに癒やされることをお祈りしています