ジーザス、エブリワン!キートンです。
こういった疑問にお答えします。
私たちが生きていくうえで、欠かせない活動の一つが“働くこと”です。
一生働かずに人生を終えるという人は、ほとんどいないでしょう。
多くの人は日々の生活の中で働き、働くことで私たちは、
- お金を稼いだり
- 社会に貢献したり
- 自己実現を達成したり
- 人生の生きがいを感じたり
するわけですね。
とは言え、中には、
働く意味ってあるんだろうか?
とため息交じりにつぶやいている人もいるでしょう。
確かに、働き続けるって大変だし、仕事に憂うつ感を覚えることもありますよね。
では、生きるために働くことはおかしいことなのでしょうか?
そもそも働くことの意味とは何なのでしょうか?
実は、永遠のベストセラー“聖書”には、働くということの意味や本質が書かれています。
働くことの意味が分かれば、もっとやりがいや喜びを持って働くことができるのですが、これを知らない方も多いです。
そこでこの記事では、クリスチャンの僕が、
- 生きるために働くのはおかしい?
- 聖書が語る4つの仕事論
- それでも働きたくないときは?2つの考え方
について解説します。
✅️聖書については、【最強の書物】キリスト教の”聖書”とは?永遠のベストセラー!?をどうぞ
👇️動画で見たい方はこちら
目次
生きるために働くのはおかしい?
結論から言うと、生きるために働くのはおかしいことではありません。
なぜなら、多くの人は、働かないと生活することができないからです。
ただし、働くという行為は、ただ単にお金を稼ぐ手段ではありません。
働くこと自体に意味があるのです。
以下で聖書から、働くことの本質を見ていきましょう!
- 働くことは神に仕える行為
- 働くことに苦しみがある理由
働くことは神に仕える行為
聖書の観点から言うと、働くことは神からの使命であり、神に仕える行為です。
実際、神が人間を造られた際、人間には神の代わりに他の生き物たちを支配し、管理するという”仕事”が与えられました。
「神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。」
(創世記1章26節)
また、最初の人間アダムはエデンの園に置かれ、その地を耕し守るという”仕事”が与えられています。
「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。」
(創世記2章15節)
つまり、人間は元から仕事をするように神に造られたということです。
最初の人間アダムがいた場所は木々が生い茂り、川の流れるエデンの園であり、食べ物も飲み物も充分にありました。
報酬として、お金をもらっていたわけでもありません。
しかし、それでもアダムは働いていたのです。
これは、働くという行為は本来、神に仕える喜びの行為であり、仕事そのものに意味があるということを表しています。
働くことに苦しみがある理由
しかし、あなたはこう思ったのではないでしょうか?
仕事なんて辛いことばかりだし、できれば働きたくない!!
確かに、仕事は苦しく大変なことも多く、働くことが心からの喜びという人はそう多くはないでしょう。
ところが、実は、仕事が辛いものになってしまったのは人間が罪を犯した結果なのです。
聖書によると、エデンの園でアダムとイブが神の命令に逆らい、”善悪の知識の実”を食べた罪の結果、神はこのように語られました。
「更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。 18地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。」
(創世記3章17、18節)
ここでは、”あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。”と語られています。
つまり、人間が犯した罪の結果として、働くという行為に苦しみが伴うようになってしまったということです。
しかも、人は働かなくては食べていけなくなってしまいました。
こうして、喜びに溢れていたはずの働くという尊い行為は、罪によって苦しみと苦労を伴うものに変わってしまったんですね。
✅️アダムとイブについては、【聖書物語】人間の始まり!?”アダムとエバ(イヴ)”の内容を解説をどうぞ
聖書が語る4つの仕事論
仕事の本質以外にも、聖書は仕事に関して様々なことを語っています。
聖書が語る仕事論を以下で4つ見ていきましょう!
- なまけず勤勉に働け
- 偉くなりたいなら神と人に仕えよ
- 与えられた賜物を活かせ
- 良い仕事をすれば神の報いがある
①なまけず勤勉に働け
先ほども言ったように、できれば働きたくないという方も少なくないと思います。
正直、僕もできれば働きたくないし、一年中南国の島でのんびりしていたいです。(本音)
しかし、使徒パウロは聖書の中で、なまけることなく勤勉に働けと語っています。
「また、あなたがたの所にいた時に、「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」と命じておいた。 11ところが、聞くところによると、あなたがたのうちのある者は怠惰な生活を送り、働かないで、ただいたずらに動きまわっているとのことである。」
(テサロニケ人への第二の手紙3章10、11節)
実は、この「働こうとしない者は、食べることもしてはならない」という箇所は、
“働かざる者食うべからず”という有名なフレーズの由来となった聖句です。
つまり、”飯を食いたいなら真面目に働け”と語られているわけですね。
ただし、ここには仕事を失った人や、病気や障害などで働きたくても働けない人は含まれていません。
あくまでも、”働けるのに怠惰で働く意欲のない人”を指しています。
聖書には他にも以下のような聖句があり、僕みたいななまけ者にはグサグサきます。(白目)
「なまけ者よ、ありのところへ行き、そのすることを見て、知恵を得よ。 7ありは、かしらなく、つかさなく、王もないが、 8夏のうちに食物をそなえ、刈入れの時に、かてを集める。 9なまけ者よ、いつまで寝ているのか、いつ目をさまして起きるのか。」
(箴言6:6-9)
「そして、あなたがたに命じておいたように、つとめて落ち着いた生活をし、自分の仕事に身をいれ、手ずから働きなさい。 12そうすれば、外部の人々に対して品位を保ち、まただれの世話にもならずに、生活できるであろう。」
(テサロニケ人への第一の手紙4章11、12節)
どれも厳しく見える聖句ですが、なまけずに勤勉に働くことは神に喜ばれる素晴らしい行為なんですね。
②偉くなりたいなら神と人に仕えよ
仕事で高い地位を持っている人といえば、ふんぞり返っているというイメージがあるかもしれません。
しかし、聖書はむしろ、偉くなりたいのであれば神と人に仕えよと語っているのです。
なぜなら、神は神と人に仕える謙遜な人を引き上げてくださる方だからですね。
「かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、 44あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、すべての人の僕とならねばならない。」
(マルコによる福音書10章43、44節)
一見、矛盾しているように感じるかもしれませんが、これが聖書が語る真理です。
実際、イエスはご自身が神の子であるにも関わらず、人として地上に来られ、生涯を通して神と人とに仕えられました。
ヨセフの生涯には、
- 兄たちに奴隷としてエジプトに売られる
- 無実の罪を着せられて監獄にぶち込まれる
といったたくさんの苦難がありました。
しかし、ヨセフは決して自暴自棄になることもなく、いつも神と人に忠実に仕え続けました。
大きく分けると、ヨセフはその生涯で3人の主人に仕えています。
- 侍従長のポティファル
- 監獄の長
- エジプト王ファラオ
その結果、ヨセフはどの主人からも絶大な信頼を寄せられ、多くの管理を任されるようになりました。
そして、最終的には、王様の次に偉い宰相(さいしょう)の地位にまで上り詰めたのです。
真のリーダーとは、地位や権力で人々を支配しようとする傲慢な者ではなく、神や人々に仕える謙遜な者なのです。
③与えられた賜物を活かせ
神は私たち一人一人に、才能や能力など様々な賜物を与えてくださっています。
そして、与えられた賜物を活かして働くことが大切です。
なぜなら、それぞれの賜物に神の目的があり、賜物をよく管理して用いることを神は望んでおられるからですね。
また、賜物を活かすことで、他の人を喜ばせたり社会に貢献したりといった大きな成果を上げることができます。
例えば、
- 楽器が弾ける
- コミュニケーション能力が高い
- 人に優しくできる
- 運動神経が良い
- コツコツ努力できる
など人によって賜物は様々です。
中には、
と思う方もいるかもしれませんが、全ての人に例外なく神は賜物を与えてくださっています。
「あなたがたは、それぞれ賜物をいただいているのだから、神のさまざまな恵みの良き管理人として、それをお互のために役立てるべきである。」
(ペテロの第一の手紙 4:10)
もちろん、賜物の大小は人によって違いますが、それらを磨いて誠実に用いていくとき神は喜び、その働きを祝福してくださるのです。
✅️才能の見つけ方については、才能がないから死ぬしかない?才能の見つけ方5選を教えますをどうぞ
④良い仕事をすれば神の報いがある
仕事をすれば、その働きに応じたお金や報酬がもらえるというのが、私たちが生きている社会のシステムです。
しかし、良い仕事をすれば神からも報酬がいただけます。
「あなたがたが知っているとおり、だれでも良いことを行えば、僕であれ、自由人であれ、それに相当する報いを、それぞれ主から受けるであろう。」
(エペソ人への手紙6章8節)
漠然とし過ぎてピンとこない!!
と思うかもしれませんが、ここでいう仕事というのは、必ずしも会社などにおける労働のことだけではありません。
良い仕事とは、神に喜ばれる行いのことで、例えば、以下のようなものがあります。
- 神に従い、神の言葉を守ること
- 他の人を愛し、困っている人を助けること
- 自分の才能や能力を活かして社会に貢献すること
- 誠実に働き、質の高い仕事をすること
では、報いとは一体どのようなものでしょうか?
これは必ずしも、目に見える物質的なものやお金のこととは限りません。
良い仕事をする人には、神の恵みが注がれ、人生そのものが大きく祝福されていくのです。
「もし、あなたがあなたの神、主の声に聞き従うならば、このもろもろの祝福はあなたに臨み、あなたに及ぶであろう。 3あなたは町の内でも祝福され、畑でも祝福されるであろう。」
(申命記28章2、3節)
実際、僕はブログやYouTubeでキリスト教や聖書について発信していますが、
自分のコンテンツが想像をはるかに超える多くの方に見ていただけるようになったことに感動し、活動そのものにも大きな喜びとやりがいを感じています。
これはまさに神の恵みであり、お金を得る以上の素晴らしい報いだと感じていますね。
このように、神の報いは人間からの報いとは比にならないくらい大きなものです。
人が見ていなくても、神は私たちの誠実な働きをちゃんと見てくださっていますよ!
それでも働きたくないときは?2つの考え方
とは言え、それでも働きたくないと思ってしまうことはあるでしょう。
常に高いモチベーションを保って働ける人は、そう多くないのが現実です。
そこで、働きたくないときに使える2つの考え方をご紹介します。
- 神に助けを求めて祈る
- 休むことも大切
①神に助けを求めて祈る
1つ目は、神に助けを求めて祈ることです。
なぜなら、神に祈り求めるとき、神は私たちに働く力や試練を乗り越える力を与えてくださるからですね。
「あなたは知らなかったか、あなたは聞かなかったか。主はとこしえの神、地の果の創造者であって、弱ることなく、また疲れることなく、その知恵ははかりがたい。 29弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。」
(イザヤ書40:28:29)
ですから、まずは自分が働きたくないと感じている原因を挙げてみましょう。
例えば、
- 疲れやストレスが溜まっている
- 単純に働くのが面倒くさい
- 職場に苦手な人がいる
- 仕事内容に不満がある
などですね。
原因が分かったら、その原因が解決されるように、働く意欲が湧くように祈ってみてください。
自分だけの力で何とかしようとすると苦しいですし、限界があります。
ぜひあなたの胸の内を素直に神に告白してみましょう!
✅️詳しくは、「神様助けてください!」と叫ぶあなたへ【神に助けてもらう3つの方法】もご参照ください
②休むことも大切
2つ目は、休むことも大切だということです。
なぜなら、神もこの天地を造られた(天地創造)際に休まれたからですね。
「こうして天と地と、その万象とが完成した。 2神は第七日にその作業を終えられた。すなわち、そのすべての作業を終って第七日に休まれた。 3神はその第七日を祝福して、これを聖別された。神がこの日に、そのすべての創造のわざを終って休まれたからである。」
(創世記2章1~3節)
神はこの世界を6日間で造られましたが、7日目に休まれました。
もちろん、全知全能の神に疲れなどありませんから、休みをとらずに天地創造をすることもできたでしょう。
こんなに時間をかけず、一瞬で天地創造を終わらせることもできたでしょう。
しかし、あえてそうしなかったのは、6日働いて1日休むというスタイルのお手本を示すためです。
実際、キリスト教には“安息日”というものがあり、毎週その日には仕事を休み、教会などで神に礼拝をささげることになっています。
特に日本人は働き過ぎだと言われますが、休みの制度がなければ、人間が働きすぎてしまうことを神はご存知だったんでしょうね。
ですから、仕事で心身共にボロボロになってしまっているなら、しっかり休息をとりましょう。
仕事が人生の全てではないですからね!
✅️安息日については、【キリスト教用語】”安息日”とは?絶対に働いちゃいけない日!?をどうぞ
おすすめの聖書
★無料で読める聖書
★おすすめの聖書
まとめ:働くことは神に仕える尊い行為!
多くの人は、働くことをお金稼ぎや自己実現のための手段と考えますが、働くことの本質は神に仕えることです。
確かに、今は罪によって、働くことに苦しみが入り込んでしまっています。
しかし、そういった罪の苦しみから私たちを救うために、イエスは十字架で死んでくださいました。
イエスの死と復活によって、やがて罪によってゆがんでしまったこの世界もいずれ回復されると、聖書は約束しています。
そして、イエスを信じることで、私たち自身も罪から救われるのです。
ぜひイエスを信じ、神に仕える喜びを持って働いていきましょう!
キートンでした。
👇️参考文献