ジーザス、エブリワン!キートンです
あらすじについて簡単に知りたいなあ。。
こういった疑問にお答えします。
今回は旧約聖書に記されている有名なお話、“アダムとイブ”をご
“アダムとイブ”は神様に造られた初の人間のことで、彼らについては旧約聖書の“創世記”に書かれていますね。
映画や本、曲の歌詞など色んなところに出てくるので、
しかし、意外と具体的なお話の内容までは知らない、という方も多いのではないでしょうか。
アダムとイブは、キリスト教における“罪”という概念にも繋がる重要なお話です。
そこで、今回はクリスチャンの僕が、
- アダムとイブ(エバ)のあらすじを簡単に解説【人間の始まり】
- アダムとイブの家系図は?子供は誰?
- アダムとイヴのその後
- 【原罪】アダムとイブのお話が伝えたいこととは?
- アダムとイブが食べたものは、りんごじゃない?
という内容で解説していきます!
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目次
アダムとイブ(エバ)のあらすじを簡単に解説【人間の始まり】
それでは、アダムとイブのあらすじを見ていきましょう!
- アダムとイブの誕生
- ヘビの誘惑と人類初の”罪”
- アダムとイブ、神から隠れる
- アダムとイブ、エデンの園を追い出される
アダムとイブの誕生
「主なる神は人から取ったあばら骨でひとりの女を造り、人のところへ連れてこられた。 23そのとき、人は言った。「これこそ、ついにわたしの骨の骨、わたしの肉の肉。男から取ったものだから、これを女と名づけよう」。」
(創世記2章22、23節)
これは神が“天地創造”を行なっているときのお話。
神は土のちりから人を造り、その鼻に命の息を吹き込みました。
すると、土は生命を持つようになり、動き始めました。
アダムの誕生です。
神は東のほうの“エデン”に園を作って、
また、神は園に美しい木々を生やし、
- 命の木
- 善悪を知る木
という2本の木を生やされました。
そこには川も流れており、神はアダムにこの園を耕(たがや)し守らせることにしました。
神はアダムに言われました。
ただし、“善悪を知る木”からは絶対取って食べてらならぬ!
食べると君、死ぬよ?
さらに、神は言われました。
アダムにぴったりの助け手を造ってやろう!
神は、土から獣や鳥を造ってアダムのところへ連れてきました。
すると、アダムはその生き物たちに次々と名前を付け始めました。
それは、そのまま生き物たちの名前となりました。
こうして、全ての生き物に名前を付け終わりましたが、
そこで、神はアダムを深く眠らせ、
イブの誕生です。
すると、アダムは言いました。
こうして2人は結ばれ、夫婦の関係になりました。
このとき2人は裸でしたが、
なぜなら、彼らは善も悪も知らない純粋な状態だったからです。
アダムとイブの誕生については、【疑問】アダムとイブはどうやって生まれた?クリスチャンが答えますをどうぞ
ヘビの誘惑と人類初の”罪”
「女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。」
(創世3章6節)
ところで、神が造った野の生き物で1番ずる賢いのは、
ヘビはイブに言いました。
イブは答えました。
ただ、中央の木の実だけは食べちゃいけないの。
食べたら死ぬと神様はおっしゃっているのよ!
ヘビは言いました。
中央の木の実を食べると、目が開けて神様みたいに善悪が分かるようになるのさ。
ほら、こんなに美味しそうじゃないか!
イブが中央の木の実を見てみると、確かにその実は美しく、
すると、神様のようになりたいと思ったイブはついにその実を手に取って食べてしま
さらに、
すると、どうでしょう。
2人の目は開け、
アダムとイブ、神から隠れる
「主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。 10彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。」
(創世記3章9、10節)
そこにふと、神の足音が聞こえてきました。
すると、アダムとイブは、慌てて木の間にその身を隠しました。
神は呼びかけて言われました。
アダムは答えました。
神は言われました。
さては。。食べてはならないと言ったあの木の実を食べたな?
アダムが言いました。
あなたがお造りになったあの女が私に木の実をくれたので、食べたんです!
なんとアダムは罪を犯しただけでなく、イブに責任をなすりつけようとしたのです。
神は言いました。
イブは言いました。
ずる賢いヘビが私をだましたから、食べてしまったのです!
(すごいなすり付け合い。。)
アダムとイブ、エデンの園を追い出される
「そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。 24神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。」
(創世記3章23、24節)
神はヘビに言いました。
一生腹ばいで歩き、ちりを食べて生きることになる。
また、イブに言いました。
それでも夫の愛を求めるが、夫はお前を支配する。
続いて、アダムに向かって言いました。
お前は働いて食べ物を得て、最終的には土に帰ることになるだろう。
この時に、アダムは女のことをイブ(命を与える者)と名付けました。(
これは、彼女が“全人類の母”となるからです。
神はこの2人のために皮の着物を造って着せた後、言いました。
今度は”命の実”も食べて、罪を持った状態で永遠の命を手にしてしまうかもしれん。
そうなる前にここを出て行くのだ!
こうして神はアダムとイブをエデンの園から永久に追い出し、土地を耕させることに決めたのでした。
アダムとイブの家系図は?子供は誰?
アダムとイブが最初の人間だということが分かりましたが、そうなると気になるのはその子孫です。
アダムとイブから始まる家系図に関しては、以下のリンクでまとめています!
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このように、アダムとイブの子孫たちが、人類の歴史を作っていくのです。
そして、新約聖書の時代になると、イエス・キリストにたどり着くんですね!
ちなみに、アダムとイブの直接の子供は、
- カイン
- アベル
- セツ
の3人になります。
✅詳しくは、【聖書】アダムとイブからイエスキリストまでの家系図をまとめてみたをどうぞ
アダムとイヴのその後
エデンの園を追い出されてしまったアダムとイブですが、その後彼らはどうなったのでしょうか。
まず彼らの間には、カインとアベルという2人の男の子が生まれました。
さあここからハッピーな方向に向かうか。。。と思いきや、そうではありません。
兄のカインは、神様が自分の捧げものには目を留めず、
弟アベルの捧げものだけに目を留めたことに腹を立て、アベルを殺してしまうのです。
アダムとイブが犯した罪の性質は、カインにも受け継がれてしまっていたんですね。
結果的に、カインはエデンの東のノドという地に去って行ってしまいました。
(✅詳しくは、【聖書】カインとアベルのあらすじとは?超わかりやすく解説をどうぞ)
親のアダムとイブからすれば、
- 兄カイン➡弟アベルを殺して別の地に去る
- 弟アベル➡兄カインに殺されてこの世から去る
というまさに悪夢のような状況になってしまったわけです。
ただ、1つ救いだったのは、亡くなったアベルの代わりに神様がセツという新しい男の子を与えてくださったこと。
「アダムはまたその妻を知った。彼女は男の子を産み、その名をセツと名づけて言った、「カインがアベルを殺したので、神はアベルの代りに、ひとりの子をわたしに授けられました」。」
(創世記4章25節)
このセツから、後のイエスキリストへと系図は続いていくのです。
【原罪】アダムとイブのお話が伝えたいこととは?
アダムとイブは、神様に禁じられていたにも関わらず、ヘビの誘惑によって善悪の知識の木の実を食べてしまいました。
本来、善悪を知る、つまり何が正しいか悪いかの基準を持てるのは神様だけです。
しかし、善悪の知識の木の実を食べることで、人間は自分で善悪の基準を持つようになってしまいました。
これは人間が神様のようになろうとする行為であり、とんでもなく高慢な行いです。
こうした神様に背く行為のことを、罪といいます。
つまり、アダムとイブは人類で初めて罪を犯してしまったのです。
こうした罪のことをキリスト教では原罪と呼び、アダムとイブ以降の子孫にも罪が受け継がれたと考えます。
ですから、現在生きている私たちも、神様に背いてしまう罪の性質を持っているということですね。
実際、神様の前で正しい人は誰もおらず、みんなが罪人だと聖書に書かれています。
「次のように書いてある、「義人はいない、ひとりもいない。 11悟りのある人はいない、神を求める人はいない。 12すべての人は迷い出て、ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、ひとりもいない。」
(ローマ人への手紙3章10~12節)
しかも、人類はアダムとイブが罪を犯した報いとして受けた
- 男は労働の苦しみを味わう
- 女は子を生む苦しみを味わう
- 全ての人間は寿命を与えられる
という大きすぎる代償も引き継ぐことになってしまいました。
これがアダムとイブのお話に込められた重要なメッセージです。
神様との関係は回復しないまま??
と思うかもしれませんが、ご安心ください!
実はそんな罪に苦しむ私たちのために、地上に来てくださった方がいます。
それはイエスキリストです。
イエスは神の子でありながら人間として地上に来られ、十字架に架かって死なれました。
それは自らの命と引き換えに、私たちの罪を取り去るためです。
そして、お墓に葬(ほうむ)られてから3日目に復活されました。
このイエスを救い主だと信じたときに、私たちは罪から解放され、永遠の命が与えられます。
聖書にもこう書かれていますね。
「すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、 24彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。」
(ローマ人への手紙3章23、24節)
✅イエスキリストについては、【完全版】イエス・キリストとはどんな人物?その生涯をまとめてみた【5分で分かる】をどうぞ
✅キリスト教のいう”罪”の意味については、キリスト教の”罪”とは何?本質は1つだけです【クリスチャンが答える】をどうぞ
アダムとイブが食べたものは、りんごじゃない?
アダムとイブは禁断の実に手を出してしまいましたが、この禁断の実=りんごというイメージがありませんか?
英語でも、喉仏(のどぼとけ)のことを”アダムのリンゴ(Adam`s apple)”といいます。
これも、善悪の知識の木の実がりんごであるという前提があり、アダムがそれを食べたときに喉につまらせてしまったと考えるからです。
しかし、実は聖書にはこの実がりんごであるとは書かれていません。
「女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。」
(創世3章6節)
そのため、木の実の正体が、
- ブドウだったのか
- 桃だったのか
- パイナップルだったのか
誰にも分からないんですね。
現在でも、この実がなんだったのかは学者の間で様々な意見があるようです!
まとめ:アダムとイブは、初の人類で初の罪人!
アダムとイブは、初の人類でもあり初の罪人でもあるという悲しい歴史が分かりましたね
キリスト教にとって大事な概念である”罪”もここから始まったわけです。
聖書の内容は、私たち人間がみんな罪人であるという事実がベースとなって書かれています。
イエスキリストが十字架に架かられた理由も、アダムとイブから始まる罪の歴史を知らなければ、チンプンカンプンでしょう。
ですから、全ての原点であるこのお話をぜひ頭に入れておいて下さいね!
キートンでした。
👇参考文献
世界平和統一家庭連合の教えです。
イエスは「口に入るものは人を汚すことはない。かえって口から出るものが人を汚すのである」と言われた。
飢えてもいなかったアダムとエバが食物などのために、死を覚悟してまで、かくも厳重な神のみ言葉を犯したとは到底考えられないのである。
それゆえに、善悪を知る木の実は何かの物質ではなく、生死に関わることさえも問題視しないほどの強力な刺激を与えることのできる、他の何者物かであるに相違ない。
聖書の多くの主要な部分が、象徴とか比喩でもって記録されていることは事実である。
では善悪を知る木の実を比喩であると見るならば、それは果たして何を意味するのであろうか。
生命の木→創造理想を完成した男性→完成したアダム
善悪を知る木→創造理想を完成した女性→完成したエバ
蛇→黙示録一ニ章9節「巨大な龍、すなわち悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、(天より)地に投げ落とされた」天にいたその古い蛇とは、霊的存在物でなくて何であろうか。蛇として比喩されているこの霊的存在は、元来善を目的として創造されたある存在が、堕落してサタンとなったものであるとみなさなければならないのである。ヘビはその舌先が二つに分かれている。したがって、それは一つの舌を持って二つの言葉を話し、一つの心をもって二つの生活をする者の表象となるのである。
→天使(ペテロⅡ二章4節、神は罪を犯したみ使たちを許し給わず、地獄に投げ入れられた)
このことについて、どのようにお考えですか?
素朴な疑問ですが・・・
1、善悪を知る木の実を食べたから人間に罪が宿ったのか?
2、食べようとした時点で罪が生じたのか?
例えば、二人が木の実にかぶりつこうとした瞬間、手から実が滑り落ちて、その辺の穴にでも落ちてしまって、結局、実を食べなかったとしても、すでに神様の命令に背いているわけですよね。
よく善悪を知る知識の実を食べたから原罪が宿ったと言われるのですが、罪と木の実は関係なかったとも考えられます。
この記事では2の説をとっているように思えます。
追伸。
わからないのは、木の実と罪は関係なさそうに思えるのですが、神様は「善悪を知る木の実を食べたら死ぬ」とおっしゃっていることです。
志度ミューラーさん、コメントありがとうございます!
なるほど、難しいご質問ですね。。これはあくまでも僕の考えですが、人間から見れば1のように実を食べた時点で罪が生じたように見えますが、神様から見れば食べようとした時点で罪は生じていたのではないかと思います。ですので、神様視点から厳密に言えば、2のように実を食べようとした時点で罪が生じたのではないでしょうか。
これで答えになっているでしょうか。。?ご参考になれば幸いです。
今創世記を読んでおります。
2年前から教会に通っています。
わかりやすい記事ありがとうございます!
気になったのはそんなやばい実なのにちょっと頭の弱い(知恵の実たべてないので)連中の手の届くところに置いていた
蛇みたいな不審人物をうろうろさせる(セキュリティがばがば)
神様も悪いんじゃないかと思いました^^;
よしさん、コメントありがとうございます!こちらこそ、拙記事を読んでいただき感謝です。
なるほど、それは多くのクリスチャンが抱く疑問ですよね。色んな解釈があると思いますが、僕は神様が人間の”自由意志”を尊重しておられるからこそ、あえて善悪を知る知識の実を置き、ヘビもそのままにしておいたのではないかと考えます。
つまり、いくつかの選択肢や誘惑があっても、アダムとエバが自分たちの意志で神様を選んでくれることを神様は願っておられたのではないかと。強制的に自分を選ばせるようなやり方を神様は好まれませんからね。結果的に、アダムとエバは神様を選べなかったわけですが。。