ジーザス、エブリワン!クリスチャンブロガーのキートンです。
死んだらどうなるんだろう。。?
こういった疑問にお答えします。
死後の世界について全く考えたことがない人は、恐らくほとんどいないでしょう。
なぜなら、どんなお金持ちも成功者も聖人も死を避けることはできないからです。
しかも、死を経験した人は既にこの世にはいませんから、死後の世界について他の人に聞くこともできません。
もちろん、臨死体験をしたことのある人はいますが、意見もバラバラでどこまで信じていいのか分かりませんよね。
そして、どうなるか分からないからこそ、人は死を恐れます。
ただ、唯一人間の死後について完全に知っておられる方がいます。
それは、人間を造られた全知全能の神です。
人間の死後の世界については、神の言葉が書かれた聖書に答えがあるのですが、これを知らない方も多いです。
そこでこの記事では、クリスチャンの僕が、
- 死後の世界はある?
- そもそもなぜ人は死ぬの?
- 人は死ぬと具体的にどうなる?
- 死後に天国に行く方法
- 死んだら生まれ変わりや輪廻転生はある?
について解説します。
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目次
死後の世界はある?
結論から言うと、死後の世界はあります。
なぜなら、聖書には、このように書かれているからです。
「そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、」
(ヘブル人への手紙9:27)
死んだ後に裁きがあるということは、死んだらそこで終わりではないということです。
では、具体的に死後にはどんな世界があるのでしょうか?
以下で詳しく見ていきましょう!
- 天国
- 地獄
- 煉獄(れんごく)
天国
天国とは、神がおられる平和と喜びに満ちた聖なる場所です。
そこは、神の完全な支配と正義が実現しており、この世にあるような罪も悪も病気も苦しみも死もありません。
「また、御座から大きな声が叫ぶのを聞いた、「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となり、神自ら人と共にいまして、 4人の目から涙を全くぬぐいとって下さる。もはや、死もなく、悲しみも、叫びも、痛みもない。先のものが、すでに過ぎ去ったからである」。」
(ヨハネの黙示録21:3、4)
また、天国は神の栄光で照らされているため、太陽や夜もなく、その都の輝きは高価な宝石のようだと聖書にあります。
「その都の輝きは、高価な宝石のようであり、透明な碧玉のようであった。」
(ヨハネの黙示録21:11)
「夜は、もはやない。あかりも太陽の光も、いらない。主なる神が彼らを照し、そして、彼らは世々限りなく支配する。」
(ヨハネの黙示録22:5)
天国はまさに究極の希望の場所であり、そこでは神と共に永遠に生きることができるのです。
✅️天国の詳細については、【聖書】天国ってどんなところ?種類や行き方まで全て教えます!も参照
地獄
地獄とは、神から完全に離れた苦しみの場所のことです。
そこには、天国にあるような喜びや平和、神の愛などは一切なく、罪人が永遠の刑罰を受けます。
聖書で地獄は、
- 燃え盛る火の池(ヨハネの黙示録 20:14)
- 激しい悲しみと歯ぎしりがある場所(マタイによる福音書 8:12)
- 憐れみがなく、神の怒りにさらされる場所(ヨハネの黙示録 14:10)
- 外の暗闇(マタイによる福音書 25:30)
など様々な表現がされています。
つまり、地獄は肉体的・精神的・霊的な苦しみが絶え間なく続く恐ろしい場所なのです。
この地上では、どんな善人にも悪人にも神の愛や恵みは注がれていますが、地獄にはそういった祝福も一切ないのです。
✅️地獄の詳細は、【キリスト教】地獄とはどんな場所?行かない方法もクリスチャンが回答も参照
煉獄(れんごく)
煉獄は、主にカトリックにある概念で、死後、天国に入る前に罪の清めを受ける中間的な場所です。
煉獄には、一部の聖人を除いて、全てのクリスチャンが一時的に行くとされています。
クリスチャンは煉獄で苦しみを受け、罪が清められて初めて天国に行けるというのです。
煉獄の期間は、その人の罪の性質や生前の行いなどによって異なるとされています。
そのため、カトリックの信者には、煉獄にいる霊魂のために祈る習慣がありますね。
そもそもなぜ人は死ぬの?
そもそもですが、なぜ人は死ぬのでしょうか?
それは、人間が神に背いて罪を犯した結果だと聖書には書かれています。
「このようなわけで、ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである。」
(ローマ人への手紙5:12)
元々人間に死というものはなく、エデンの園で神と共に平和に生きていました。
しかし、最初の人間アダムとイブは、神から食べてはいけないと言われていた木の実をパクリ。
結果的に、神に背いた罪の報いとして死が人間に入り込んでしまいました。
これは単に肉体的な死だけでなく、神から離れるという霊的な死も意味しています。
こうして、アダムとイブが犯した罪の結果は全人類に及び、肉体的な死、霊的な死が人間に運命づけられてしまったのです。
そんな私たちを罪による死から救うために来られたのがイエスキリストなのですが、後で詳しく説明します。
✅️アダムとイブについては、アダムとイブ(エバ)のあらすじを簡単に解説【人間の始まり】をどうぞ
人は死ぬと具体的にどうなる?
死後の世界についてはご紹介しましたが、具体的に死んだらどうなるのかプロセスが気になる方もいるでしょう。
以下で詳しく説明します。
- 霊・魂が肉体から分離する
- 中間状態
- 最後の審判で天国か地獄か最終決定
霊・魂が肉体から分離する
まず前提として、キリスト教や聖書で人間は、肉体と霊・魂から成り立っていると考えます。
なぜなら、神が人間を霊的な存在として造られたから。
(✅️天地創造の記事【聖書】天地創造とは?わかりやすくクリスチャンが内容を解説も参照)
「主なる神は土のちりで人を造り、命の息をその鼻に吹きいれられた。そこで人は生きた者となった。」
(創世記2:7)
そして、人は死ぬと、私たちの霊・魂が肉体から分離するとされているのです。
残された肉体は大地にかえり、ただの物質となります。
「ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。」
(伝道の書12:7)
人が死んでその体から霊がひゅっと飛び出すみたいなシーンは、アニメや映画などでもよく描かれるのでイメージしやすいのではないでしょうか。
ただし、肉体が死んでも、人の人格や霊・魂は存在し続けます。
中間状態
キリスト教の多くの伝統では、人が死んだ後、
肉体から離れた霊・魂は、最後の審判が行われるまで待つ期間があると考えます。
この状態を“中間状態”といいますね。
中間状態に人間がどのような状況に置かれるかは、キリスト教内でも解釈が分かれています。
なぜなら、聖書に中間状態に関して根拠のある記述が少ないからです。
例えば、以下のような解釈がありますね。
- 魂は眠りの状態に入り、最後の審判まで意識のない状態にある
- 魂は一時的に、天国か地獄の中間的な場所に行く。ただし、これが最終的な審判や永遠の運命ではない
- 死んだ直後に、魂は天国か地獄に直行する。つまり、死後すぐに永遠の行き先が決まる
ただし、どの解釈もキリストの救いを信じ、終末の裁きに望みを置くという点では一致しています。
最後の審判で天国か地獄か最終決定
人間が死んだ後に最終的にどうなるのかは、最後の審判によって決定されます。
最後の審判とは、この世の終わりにキリストによって行われる最後の裁きのことです。
「また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。」
(ヨハネの黙示録20:12)
イエスは2000年ほど前に地上に来られましたが、また再び地上に来られるときが来ます。
これを”キリストの再臨”といいますが、そのときに全ての死者が復活します。
そして、
- 歴史上の人間
- 生きている人々
- 既に亡くなった人々
を含めた全人類が神の前に立ち、生前の信仰や行いをジャッジされるのです。
特に重要なのは、イエスキリストへの信仰を持っていたかどうかですね。(後述)
こうして、全人類が永遠の天国か永遠の地獄かのどちらかに分けられるのです。
✅️最後の審判については、【ヨハネの黙示録】最後の審判とは?いつ来るのかなど解説【聖書】をどうぞ
死後に天国に行く方法
誰だって、死後は天国に行きたいと願うはずです。
では、天国に行くにはどうしたらいいのでしょうか?
その唯一の方法はイエスキリストを信じることです。
本来なら、私たちは神に背いた罪人として、死と永遠の滅びを受けるはずでした。
しかし、神は私たち人間を愛しているがゆえに、ご自分の独り子であるイエスキリストを地上に送り、
十字架に架けることで、代わりに罪を背負わせてくださったのです。
「死のとげは罪である。罪の力は律法である。 57しかし感謝すべきことには、神はわたしたちの主イエス・キリストによって、わたしたちに勝利を賜わったのである。」
(コリント人への第一の手紙15:56、57)
そして、イエスは3日目に復活されました。
このイエスの十字架と復活の出来事によって、死からの勝利と、永遠の命へと通じる道が開かれたのです。
つまり、イエスを自分の救い主と信じ受け入れることが、罪や死から解放され天国に行く唯一の道なんですね。
「あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。 9決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。」
(エペソ人への手紙2:8、9)
✅️救われる方法の詳細については、【キリスト教】福音の意味とは?クリスチャンが簡単に解説しますの記事も参照
死んだら生まれ変わりや輪廻転生はある?
日本人の中には、”死んだら生まれ変わる”とか”輪廻転生(りんねてんせい)”といった考え方を持っている方も多いかもしれません。
これは人は死後、別の生命体として再びこの世に生まれ、前世の行いに基づいて次の生を受けるという考えで、ヒンドゥー教や仏教などで信じられています。
ただ、聖書やキリスト教的な観点から言うなら、人間に生まれ変わりや輪廻転生はありません。
なぜなら、”人間は一度だけ死ぬことが定められている”と聖書に書かれているからです。
「そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、」
(ヘブル人への手紙9:27)
つまり、聖書が語っているのは、”人生は一度きり”ということ。
だからこそ、一度の人生の中で何を信じ、どう行動するのかがとても大切だということです。
という考え方は通用しないんですね。
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まとめ:死後の世界は確かに存在する!
人間を造られた神は、聖書を通して死後の世界があることをはっきりと告げています。
そして、死後にどの世界に行けるかは、私たちの今の生き方で決まるのです。
ですから、今生きている間に、私たちは選択をしなければいけません。
キリストを信じるなら永遠の喜びが、拒絶するなら永遠の滅びが待っています。
キリストを信じている者にとって、死は恐ろしいものではなく、むしろ喜ばしい天国への入口です。
「またわたしは、天からの声がこう言うのを聞いた、「書きしるせ、『今から後、主にあって死ぬ死人はさいわいである』」。御霊も言う、「しかり、彼らはその労苦を解かれて休み、そのわざは彼らについていく」。」
(ヨハネの黙示録14:13)
今こそキリストの救いを受け取っていきましょう!
キートンでした。
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