面白雑学まとめ

【歴史】ルターの宗教改革とは?主な内容や流れを分かりやすく解説

ジーザス、エブリワン!キートンです。

ルターの宗教改革って何?

プロテスタントが生まれたのは知っているけど、具体的な内容や流れを知りたいなあ。。

こういった疑問にお答えします。

 

歴史の中では時々、それまでの価値観や時代の流れを大きく変えてしまうすんげえ人物が現れます。

そういう人物って憧れるし、何だかワクワクしますよね!

 

今回ご紹介する“ルター”は、まさにそんな人物です。

ルターは宗教改革を起こし、キリスト教界を大きく変えたばかりか、ヨーロッパ全体の勢力図すら変えてしまいました。

 

他にも、資本主義の発達や識字率の向上にも影響を与えるなど、まさにとんでもないインフルエンサーなのです!

ルターがTwitterとかやってたら、フォロワー数すごかっただろうなあ。(現代人思考)

 

そこでこの記事では、クリスチャンの僕が、

  • ルターの宗教改革とは?
  • 宗教改革の主な流れ
  • 宗教改革における主な運動

などについてわかりやすくご紹介していきます!

キートン
キートン
今回は歴史のお勉強です!

ルターの宗教改革とは?

ルターの宗教改革とは?

ルターの宗教改革とは、16世紀のヨーロッパで起こったキリスト教の改革運動のことです。

 

マルティン・ルターがローマ・カトリック教会を批判したことがきっかけで始まりました。

この運動により、カトリック教会から分離してプロテスタント教会が誕生。

 

こうして、ほぼローマ・カトリック教会の一強だった西欧世界が、

いくつもの宗派に分かれる多様なキリスト教世界に変わっていきます。

 

また、ルターは宗教改革において、

  • 聖書のみ

➡︎聖書のみを信仰の中心にしろ!外典などいらん!

  • 信仰義認

➡︎キリストへの信仰があれば罪がゆるされ救われる!

  • 万人祭司

➡︎神の前に全ての人間は平等!誰でも祭司のように儀式を行える!

という三大原理を打ち出し、これらはプロテスタントの教えのベースとなっていきました。

今やプロテスタントは、カトリックや正教会と並んでキリスト教三大宗派の1つだにゃ~。

ちなみに、ルターの宗教改革は資本主義の発展など宗教以外の領域にも大きな影響を与えています。

 

キリスト教の主な宗派については、【解説】キリスト教の主な宗派は?3つをわかりやすくまとめてみたをどうぞ

宗教改革の主な流れ

では、ルターの生い立ちも含めて、宗教改革の主な流れを見ていきましょう!

  • ルターの運命的な体験
  • ルター、聖書と出会う
  • ルターの苦悩と発見
  • 95ヶ条の論題の発表(宗教改革の開始)
  • ルター、新約聖書をドイツ語に翻訳する
  • ドイツ農民戦争勃発
  • プロテスタントの誕生

ルターの運命的な体験

ルターの運命的な体験

ルターは、1483年にドイツのアイスレーベンという町に生まれました。

ルターは厳格で教育熱心な父親に育てられ、わずか5才で教会付属の学校にてラテン語の初歩を学ぶことに。

英才教育。。

 

18歳になると法律家になるためにエアフルト大学に入り、スパルタ教育のおかげもあってルターの成績も優秀でした。

これにはお父さんもウッキウキで、このままエリート街道をまっしぐらか。。と思いきや、あるときルターに運命的な体験が起こります。

 

これは、ルターがロースクール(法学教育機関)に入学した1505年のこと。

家を出て大学に向かう途中で、雷鳴と共に激しい稲妻がルターを襲い地面になぎ倒したのです。(怖すぎ)

 

すると、ルターは恐ろしさのあまり叫びました。

ルター
ルター
聖アンナ様、お助けください!

わたくしは修道士になりますから!

と。(急展開)

※聖アンナ

➡︎聖母マリアの母親で、カトリックや正教会では聖人とされています。

今見たらルターの気でも狂ったのかと思いますが、

当時は、命の危険を感じたことがきっかけで修道院に入るのは珍しいことではなかったのです。

 

こうして、ルターは父の許可すら得ずに大学を突然退学。

法律家の道を捨て、アウグスティヌス修道院に入ることになりました。

 

もちろん、お父さんはこれにブチ切れです。

ルター、聖書と出会う

ルター、聖書と出会う

厳しい修道院生活が始まったルターでしたが、修行を始めるにあたって、

神父からラテン語訳の旧約聖書を渡されます。

当時の聖書は、ラテン語訳のものが基本でした。

ラテン語を読めるのは教養のある一部の知識人のみだったため、民衆は聖書を読めないのが普通でした。

ちなみに、当時は活版印刷が始まってまもなく、書物もめちゃくちゃ高価でレアでした。

 

その意味で、大量の本がある修道院にいたルターはとても恵まれた環境にあったと言えます。

これがルターと聖書の出会いでした。

ルターの苦悩と発見

ルターの苦悩と発見

さて、当時の修道士の理想として掲げられていたのは主に、

  • 清貧(せいひん)

物を所有しない

  • 貞潔(ていけつ)

➡生涯独身を守る

  • 服従

キリストに服従する

という厳しいものでした。

元々、生真面目でストイックなルターはこうした教えを徹底的に守り、自分を追い込みながら完璧な修道士を目指そうとしたのです。

 

しかし、ルターはどんなに努力をしても神様から義(正しい)とされている実感が得られませんでした。

全く心に平安がやってこないのです。

 

そして、聖書を学んでいく内にルターは気付きました。

ルター
ルター
いくら人が努力しても、神の前に正しい者となることはできない。

神様から義(正しい)と認められるのは、神様からの一方的な恵みなのだ!

と。

つまり、神の義は善行によってではなく信仰によってしか得られないというところに行き着いたのです。

 

この考え方は、後に”信仰義認”と呼ばれるようになります。

95ヶ条の論題の発表(宗教改革の開始)

95ヶ条の論題の発表(宗教改革の開始)

大学で講義をし、司祭(神父)の役職もこなしていたルターでしたが、

そんな頃、ルターが宗教改革を起こすきっかけとなる出来事が起こります。

 

教皇レオ10世による贖宥状(免罪符)の発売です。

当時、罪のゆるしを得るためには司祭に罪を告白し、

  • 断食をする
  • 施しをする
  • 徹夜の祈りをする

などといった厳しい償いの行いをする必要があり、多くの信者は聖職者に償いの代行をお願いしていました。

 

しかし、贖宥状の登場によって、

これさえ買えば罪はゆるされるよ〜!

もう罪の告白も償いもしなくても救われるヨ〜!天国行けるヨ~!

ということになったのです。

 

そんな便利がものがあれば、当然民衆は飛びつきますよね??

もちろん、そんな教えは聖書には書かれていませんが、ラテン語の聖書を読めない民衆にはそんなことは分かりません。

 

贖宥状のおかげで、カトリック教会はウハウハの大儲けです。

さあ、これにブチ切れたのがルターのアニキです!(キターーーーーー)

ルター
ルター
贖宥状を買えば罪がゆるされるなんて、とんでもないインチキだ!

我々は罪を悔い改めキリストを信じることで罪がゆるされるのだ!

ブチ切れルター兄さんは95もの論題を載せた1枚の文書を、1517年にヴィッテンベルク城教会の扉に掲示します。

 

ラテン語で書かれたこの文書はドイツ語に翻訳され、

わずか2週間程度でヨーロッパ中を駆け巡り大きな反響を巻き起こしました。

 

一般的には、この出来事が宗教改革の始まりだと言われていますね。

こうして、たった1枚の紙がキリスト教の歴史を変え始めるのです。

 

しかし、ルターの主張は、西ヨーロッパ世界の実質的支配者であった

  • 教皇庁
  • ローマ・カトリック教会

という巨大な存在を根底から揺るがすような内容でした。

そのため、1521年にルターはカトリック教会から異端者として破門されてしまいます。

 

また、この出来事がきっかけで、ルターはカトリックからの強い批判と反発にさらされることになりました。

キートン
キートン
ちなみに、95ヶ条の論題が発表されたのは10月31日だったので、この日は”宗教改革記念日”とされています!

ルター、新約聖書をドイツ語に翻訳する

ルター、新約聖書をドイツ語に翻訳する

その後、ワルトブルク城というお城にかくまわれたルターは、大きな部屋にこもり、

  • 本を書く
  • ヴィッテンベルクの人々に手紙を書く

といった執筆活動を開始します。

中でも重要な出来事が、新約聖書のドイツ語訳です。

 

前述したように、中世における聖書というのは基本的にはラテン語であり一部の知識人しか読めませんでした。

しかし、ルターはそれらをドイツ語、それも民衆にとってなじみのあるドイツ語を使って翻訳したのです

 

しかも、ルターは驚異の勢いで、新約聖書をたったの10週間で翻訳してしまいました。(化け物)

この聖書は当時としてはかなり高価なものでしたが、あっという間に売り切れ、3ヶ月後には再版されることに。

 

当時は識字率が低く、ドイツ語でも読める人は少なかったですが、多くの人は文字が読める人に朗読してもらうことでこの聖書に触れました。

こうして、聖書の言葉はようやく民衆にも届くようになっていったのです。

キートン
キートン
ちなみに、ルターはのちに旧約聖書も全てドイツ語に翻訳しています!

このルター聖書は、後のドイツ語発達にも大きな影響を与えました。

ドイツ農民戦争勃発

ドイツ農民戦争勃発

さて、このルターの宗教改革に刺激を受けたのが、領主からの重税に苦しんでいたドイツの農民たちです。

なぜなら、ルターは”神の前に万人は平等”ということを主張していたから。

 

そして、かつてルターの同志だったトマス・ミュンツァーが、農民たちのリーダーとして立ち上がりました。

こうしてドイツの農民たちが、

  • 重税の軽減
  • 農奴制の廃止

など”12ヶ条の要求”をかかげて反乱を起こしたのが、ドイツ農民戦争です。

 

しかし、最初こそルターは農民たちを支持していましたが、

過激になっていく彼らのやり方を見て、鎮圧する側に回るようになります。

 

こうして、農民の反乱は鎮圧され、指導者のミュンツァーも処刑されてしまいました。

キートン
キートン
この出来事によってルターは、地方の農民からの支持を失ってしまいます。。!

プロテスタントの誕生

プロテスタントの誕生

ここまで見てきて、

あれ、プロテスタントはいつ誕生するの?

宗教改革といえばプロテスタントでしょう!

としびれを切らせている方もいるかもしれませんが、お待たせしました!

 

1529年、当時のローマ皇帝であるカール5世は、1度はルター派の禁止をやめていました。

しかし、ルター派の勢いが増してくると、これを恐れたカトリックの人たちは再びルター派を禁止にしたのです。

 

この決定に対し、ルター派の人たちは、カール5世に”抗議書”(Protestatio、プロテスタティオ)を送りつけます。

すると、カトリック側は彼らをからかう意味で“プロテスタント(反対としか言わない奴ら)”と呼び始めました。

 

そう、実はプロテスタントというのは元々他称だったのです!

しかし、ルター派の人たちは自らのこともプロテスタントと呼ぶようになりました。

 

カトリック側も、からかうつもりで言った言葉が後世まで残り続けるとは思わなかったでしょうね。。

結果的にプロテスタント(ルター派)が容認されたのは、1555年の“アウクスブルクの和議”によってでした。

 

こうして、ルターによる宗教改革は終わりを告げたのです。

キートン
キートン
ただし、カトリックとプロテスタントの争いはさらに激化していきます。。!

 

カトリックとプロテスタントの争いについては、【宗教戦争】これはひどい!キリスト教同士の戦争6選まとめをどうぞ

宗教改革における主な運動

宗教改革の主な流れは以上ですが、宗教改革の中ではいくつかの重要な運動がありました。

  • 説教運動
  • 文書運動
  • 教会慣習の改革運動

それぞれ見ていきましょう!

説教運動

説教運動

ルターは宗教改革で、民衆への説教に力を入れました。

なぜなら、直接語りかけることで自分の思いを強く伝えられると考えたからです。

 

カトリック教会でも説教はありましたが、どれも道徳的な教えを説くものでした。

しかし、ルターの説教は聖書を通して信仰の意味を説くという全く新しいものだったのです。

 

ルターの説教は評判になり、近隣の人も含めて多くの人が聴きに来るようになりました。

文書運動

文書運動

また、ルターは自身の説教をもとにドイツ語の本も書き始めました。

そして、その本はパンフレットのような形であらゆる印刷所で発行され町を渡っていきます。

 

パンフレットはバカ売れし、ルターの説教がドイツ中に広まることになりました。

ちなみに、ルターの筆力は常軌を逸しており、その生涯で

  • ドイツ語著作
  • ラテン語著作

を含めて3000点以上の著作を生み出したと言われています。

やば過ぎる。。!

いやー、このエネルギーはどこから来るんでょうか。。

僕もブログもっと頑張ろう。。

 

ちなみに、ルターの著作の中でも、

  1. 『善い行いについて』
  2. 『ローマの教皇制について』
  3. 『キリスト教界の改善について ドイツのキリスト者貴族に宛てて』
  4. 『教会のバビロン捕囚について』
  5. 『キリスト者の自由について』

の5冊は“宗教改革五大著作”と呼ばれ、特に重要だと言われています。

教会慣習の改革運動

教会慣習の改革運動

さらにルターは、伝統的な教会慣習もゆっくりと改革していきました。

例えば、

  • 教会財産の活用
  • 地域福祉の提言
  • 学校教育の提案
  • 礼拝の説教をラテン語からドイツ語へ

などですね。

 

また、ルターは会衆に賛美歌を歌うように呼びかけました。

今でこそ教会に集まって賛美歌を歌うのは当たり前ですが、実はこのような習慣を始めたのはルターが最初なのです!

キートン
キートン
ルターさん、新しい道を切り開きすぎでは。。?

 

ただ、中世の伝統的な聖歌はラテン語が使われていたため、民衆はただそれを聴いているしかありませんでした。

そのため、ルターはドイツ語で、かつ伝統から離れた自由詩の賛美歌を自ら作詞作曲していきました

 

そう、ルターには音楽的な才能もあったのです!

☟最も有名なルターの曲『神はわがやぐら』

賛美歌は文字が読めない民衆でも口ずさめるため、宗教改革の広がりに大きな影響を与えました。

ちなみに、ルターの賛美歌は後のバロック音楽の発展にも大きな影響を与えたにゃ~。

まとめ:ルターの宗教改革の影響は凄まじい!

まとめ:ルターの宗教改革の影響は凄まじい!

◎宗教改革の主な流れ

  • ルターの運命的な体験
  • ルター、聖書と出会う
  • ルターの苦悩と発見
  • 95ヶ条の論題の発表(宗教改革の開始)
  • ルター、新約聖書をドイツ語に翻訳する
  • ドイツ農民戦争勃発
  • プロテスタントの誕生

いやー、ルターの影響力とエネルギーはとんでもないものがありましたね!

ルターの宗教改革はキリスト教やドイツのみならず、あらゆる方面に多大な影響を及ぼしたのです。

 

“ルター=プロテスタントの人”くらいのイメージしかなかった人は、驚いたのではないでしょうか。

なんというか1人の人間が成し遂げたとは思えないことを、色々とやってますよね。。

 

さぁーて、僕もルターみたいな人物になりたいので、

今から雷に打たれてきますね!!(そこじゃない)

 

キートンでした。

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☟参考文献


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月間12万PVを達成! 信仰生活28年のプロテスタントクリスチャンで、愛称は"キートン"(本名:辻 勇輝)。 キリスト教の面白さを伝えるために、分かりやす~く情報を発信中。 所属教会は”ひばりが丘バイブルチャーチ”です。 趣味は、曲作り、映画鑑賞、読書、筋トレ、散歩など。

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