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【まとめ】日本の”隠れキリシタン弾圧”の歴史とは?ざっくり解説

ジーザス、エブリワン!キートンです。

日本では昔、キリスト教が弾圧されてたって聞いたことあるけど本当?

その歴史について詳しく終えて!

こういった疑問にお答えします。

 

今回は、“日本におけるキリシタン弾圧の歴史”についてご紹介します。

今でこそ何の制約もありませんが、かつての日本ではキリスト教は弾圧されていました。

 

皆さんも、日本史でキリスト教について学んだことがあるかもしれませんが、

どうせ、”フランシスコ・ザビエル”くらいしか覚えてないでしょ?(偏見)

ザビエルは、確かに日本にキリスト教を伝えましたが、

その後順調にキリスト教が広まっていったかというとそうではありません。

 

日本の歴史において、キリスト教はかなりの苦難を通ってきているのです。

というわけでこの記事では、

  • 日本の隠れキリシタン弾圧の歴史
  • 日本のキリスト教弾圧を描いた作品

についてまとめていきます!

キートン
キートン
日本人として知っておいて損はないですよ!

日本の隠れキリシタン弾圧の歴史

もっと前から日本に伝わっていたんじゃないかという説もありますが、

この記事では最も一般的な歴史をご紹介します。

フランシスコ・ザビエルの来日〜キリスト教が日本に初上陸〜

一般的に、日本におけるキリスト教の歴史は、皆さんおなじみのフランシスコ・ザビエルによって始まったと言われています。

ザビエルは元々、イエズス会というカトリック修道会メンバーの1人。

 

マラッカでヤジロウという日本人と出会ったのがきっかけで、日本に興味を持つようになります。

そして、1549年に他の宣教師たちと共に日本の鹿児島にやってきて、2年3ヶ月もの間宣教活動を行ないました。

 

言葉や文化の違いに苦しみながらも、結果的に700名ほどに洗礼を授けることができ、

これがキッカケで、他の宣教師も日本にやって来るようになったのです。

ザビエルすごいな。。

 

ちなみに、当時キリスト教徒はクリスチャンではなく“キリシタン”と呼ばれていました。

ただし、キリスト教は当時の日本では、

  • 天竺(てんじく)教
  • 南蛮宗(なんばんしゅう)

どと呼ばれており、仏教の一派だと勘違いされることもあったそうな。。

豊臣秀吉によるキリスト教弾圧〜キリスト教苦難の歴史の始まり〜

こうして日本にやってきたキリスト教。

あの織田信長も宣教師たちを好意的に見ており、キリスト教を認めました。

 

織田信長がキリスト教を認めた理由としては、以下のような説が挙げられます。

  • 説①弾圧していた仏教に対抗するため

比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ)を焼き討ちするなど、仏教を弾圧していた。

  • 説②そもそも興味がなかった

➡仏教以外の宗教も特に禁止していなかった。

  • 説③軍事的なサポートを受けていたから

➡イエズス会は日本での宣教を認めてもらう代わりに、武器や弾薬などを提供していた

  • 説④西洋文化を取り入れたかったから

➡ポルトガルやスペインとの”南蛮貿易”をするには、宣教師たちとの交流が不可欠だった

しかし、その後を継いだ豊臣秀吉の時代になると、大きく状況が変わってきます。

 

豊臣秀吉は、天下統一直前になって長崎がイエズス会領になっていることなどを理由に、

キリスト教宣教を禁じ、宣教師の国外追放を命じるといった内容の、“バテレン(カトリック宣教師)追放令”を出します。

 

ただ、この時点ではまだそこまで強いキリスト教迫害は行われておらず、宣教師による宣教活動も黙認されていました。

キリスト教への信仰も禁じられていなかったのです。

この時点で、日本にキリシタンが20万人いたらしいわね〜!

 

この状況が変わり始めたのは、フラシスコ会やドミニコ会といった他の修道会が来日するようになってからでした。

彼らはイエズス会とは違い日本文化に適した宣教方法を取らず、修道会同士のいざこざも増えたことで、段々と豊臣秀吉の機嫌を損ねるようになっていきます。

 

そして、これが決定的になったのが“サンフェリペ号事件”でした。

これは、スペインのサンフェリペ号が台風によって日本に流れ着いたことがキッカケで起きた事件です。

その際に、国内にいるポルトガル人が、

ポルトガル人
ポルトガル人
スペイン人が日本を征服しようとしている!!

という根も葉もない情報を、豊臣秀吉に告げ口してしまいます。

 

これを聞いた豊臣秀吉は、スペインからの宣教師も多いキリスト教に恐れを抱くようになり、本格的なキリスト教迫害が始まりました。

その象徴となるのが、“二十六聖人の※殉教(じゅんきょう)”と呼ばれるものです。

 

これは、6人の外国人宣教師と20人の日本人クリスチャンの計26人が捕えられ、

長崎まで数千キロ歩かされたあげく、磔(はりつけ)にされて処刑されたという恐ろしい出来事です。

残酷すぎる。。!

 

その後、徳川家によってもキリスト教は迫害され、多くの殉教者が出ました。

ここから、およそ300年にも及ぶキリシタンにとって苦難の時期が続くことになります。

 

※殉教➡自分が信じている宗教(この場合はキリスト教)のために、命を捨てること。

島原の乱(島原・天草一揆)が起こる〜キリシタン激減〜

そんな頃、1637年に、弾圧されていたキリシタンたちを先導にかの有名な“島原の乱(島原・天草一揆)”が起こりました。

 

これは日本最大の※一揆と言われており、合計3万人以上が参加してたと言われています。(全員キリシタンという訳ではない)

この事件によって一揆の参加者はほぼ皆殺しにされ、国内のキリシタンはごくわずかになりました。

 

また、この事件によってカトリック国のポルトガルとの関係を断つことになり、

鎖国(さこく)体制に入っていくなど、日本の外交政策にも大きな影響を及ぼしました。

 

※一揆➡支配者の圧政に対して、農民や信者などが要求・反対の意志を示すために立ち上がること。

“隠れキリシタン”の登場〜踏み絵をさせる〜

島原の乱によって全滅したかのように見えたキリシタンですが、

隠れてキリスト教を信仰する“隠れキリシタン”と呼ばれる信者たちがまだ残っていました。

 

この辺りは、キリスト教徒にとってはとてつもなく苦しい時期だったでしょう。

幕府にバレてしまったら最後、殺されてしまうんですから。

 

幕府は、キリシタンかを確かめるために、“踏み絵(絵踏み)”というイエス・キリストの絵を踏ませるということまでしていたといいます。

ここで踏まずに、信仰を全うする人たちは本当にすごい。。!

鎖国が終わりを告げ開国〜キリスト教解禁〜

しかし、そんなキリシタンにとって苦しい日々もついに終わりの時がきます

キッカケとなったのは、鎖国の解禁です。

 

鎖国を終わらせたのは、黒船でおなじみの“ペリー”さんですね。

開国したことでアメリカといくつかの条約を結ぶようになると、少しずつ宣教師が日本にやって来るようになります。

 

開講当初こそまだキリスト教弾圧があったものの、

開国から20年経った頃、キリスト教はようやく政府によって解禁されることになりました。

 

こうして、300年にも渡るキリシタンの苦難の歴史に終止符が打たれたのです。

長かった。。

 

ちなみに、現在のクリスチャン人口はおよそ1%程度。

弾圧が終わったとはいえ、相変わらず日本のキリスト教徒は少ないままなんですね。

 

なぜそんな日本のクリスチャンが少ないかは、【Q&A】キリスト教が日本に広まらない5つの理由とは?【クリスチャンが答えます】をどうぞ

日本のキリスト教弾圧を描いた作品は?【沈黙】

実は、日本のキリスト教弾圧を描いた作品があります。

その作品の名前は、「沈黙」です。

 

沈黙は、クリスチャンの作家である遠藤周作によって書かれた小説で、映画化もされていますね。

本作では、日本のキリスト教弾圧を通して、

  • 信仰とは何か?
  • なぜ神は苦しみを与えて沈黙したままなのか?

といったキリスト教の根本的な疑問をテーマに据えています。

 

ただ、内容が内容だけに全体的に重く、触れるのにはかなりの労力を要します。

特に、クリスチャンたちが拷問されるシーンは結構メンタルにきますね。。

キートン
キートン
僕も映画を観ましたが、心にずっしりときました。。!

 

でも、日本のキリスト教弾圧の様子や雰囲気を知りたい方にはおすすめです!

【必読】有名なキリスト教文学作品を8つまとめてみたでも詳しく書いています。

まとめ:日本のキリスト教の歴史は苦難の連続!

本当にざっくりですが、日本のキリスト教史を振り返ってみました!

こうしてみると、クリスチャンはかなり長い苦しみの時期を乗り越えてきていることが分かりますね。

 

僕も時々、もし自分がキリスト教が弾圧されていた時代に生まれていたらどうしただろう?と考えることがあります。

例えば、”絵踏み”とかを強要されたら僕の場合は、

神様に謝ってから、2秒で踏みますね。(不信仰者)

 

ではまた!

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キートン
月間12万PVを達成! 信仰生活28年のプロテスタントクリスチャンで、愛称は"キートン"(本名:辻 勇輝)。 キリスト教の面白さを伝えるために、分かりやす~く情報を発信中。 所属教会は”ひばりが丘バイブルチャーチ”です。 趣味は、曲作り、映画鑑賞、読書、筋トレ、散歩など。

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