聖書物語シリーズ

“放蕩(ほうとう)息子”のたとえとは?”神の大きな愛”がテーマ!?【5分で分かる】

ジーザス、エブリワン!キートンです。

 

今回は、新約聖書に登場する“放蕩息子”のお話をご紹介したいと思います!

イエス様は生きている間にたくさんのたとえ話をされましたが、放蕩息子はその中でも特に有名なお話です。

 

“放蕩”というのは酒や女遊びにおぼれたりして、家の財産を使い尽くしていくことを言います。

つまり、放蕩息子というのは、どうしようもないダメ息子ということですね。(どストレート)

 

この記事では、

  • 放蕩息子のストーリー
  • 放蕩息子に込められたメッセージ

などについて見ていきましょう!

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“放蕩息子のたとえ”とは?

“放蕩息子のたとえ”とは、イエス・キリストが語られたたとえ話の中でも最も有名なものの1つです。

父から財産をもらった息子が、放蕩をして遊び回ってお金を使い果たしてしまった後、改心してまた父のところに戻ってくるというのが主な内容。

 

“罪を犯しても悔い改めれば神様はゆるしてくださる”というのがメインテーマですね。

神様の愛情深さ、憐れみ深さが描かれているお話です!

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聖書箇所

ルカの福音書15章11節〜32節

“放蕩息子”の登場人物

まずは、登場人物です。

父親

2人の息子を持つ父。

息子たちのために財産を分けてあげることに。

弟と違い真面目で働き者の放蕩息子のお兄さん。

いつも畑で仕事をしています。

弟(放蕩息子)

 

このお話の主人公で、“放蕩息子”その人。

父親から財産を受け取ると、家を飛び出し旅に出てしまいます。

“放蕩息子”のストーリー

それでは、ダメむす。。ごほんっ。放蕩息子のストーリーを追っていきましょう。

放蕩息子、旅に出る

あるところに、父親とその息子2人がいました。

ある日、息子ののほうが父に言いました。

弟(放蕩息子)
弟(放蕩息子)
お父さん、あなたが亡くなる前に今のうちに財産をください!

(めちゃくちゃ失礼)

 

父親は、これに対して怒るわけでもなく、兄と弟に財産を分けてあげました。

すると、財産を受け取った弟はさっさと荷物をまとめて、家を出て行ってしまいました。

 

遠い国へと旅立ったのです。

しかし、弟はその旅の中で遊びほうけて、あっという間に父にもらった財産を使い果たしてしまいました。

これはひどいにゃ〜。

放蕩息子、飢えに苦しむ

その頃、ちょうどその国に※大飢饉(だいききん)が起こり、弟は食べるものがなくなってしまいました。

そこで、弟はある人のところに行って、畑で豚を飼う仕事をもらうことにしました。

 

これは当時あらゆる職業の中でも、最底辺の仕事でした。

しかし、それでも彼の食べるものが豊富にあるわけではありません。

 

そのせいか、彼は豚のエサさえ食べたくなるところまで追い詰められてしまいます。

極限状態。。

 

毎日そんな暮らしをしていると、彼はふと思い立ちました。

弟(放蕩息子)
弟(放蕩息子)
お父さんの家なら食べ物があふれかえっている。

それなのに、自分は飢えて死にかけている。

ああ、なんてみじめなんだろう。。よし!家に帰ろう!

※大飢饉➡農作物が取れないことで食物が足りなくなって、人々が飢えに苦しむこと。

放蕩息子の帰還

こうして、弟は父の住む家へと帰ってきました。

すると、まだ家にたどり前から父親は遠くにいる息子の姿を見つけました。

父親
父親
おお、私の息子が帰ってきた!

かわいそうに!あんなにボロボロになって。。!

父親はすごいスピードで弟のところへ来ると、抱きしめて口づけをしました。

 

弟は言いました。

弟(放蕩息子)
弟(放蕩息子)
お父さん、すみませんでした。

僕は神様にもお父さんにも罪を犯してしまいました。

もう僕は息子と呼ばれる資格はありません。

 

しかし、父親は使用人たちに言いました。

父親
父親
お前たち、何をしている!早くこの子に1番良い服を着せてやるのだ!

宝石付きの指輪や靴もだ。

それと、肥えた子牛を料理して盛大な祝宴(しゅくえん)の準備をしよう!

死んだと思っていた息子が生きていて、こうして帰ってきたのだから!

こうして、祝宴が始まりました。

兄の怒り

一方で兄のほうは、その日も畑で働いていました。

家に戻ると、何やら騒がしいです。

 

事情を使用人から聞いた兄はブチ切れて、父親に言いました。

兄
私は今までお父さんのために必死で働いてきました。

しかし、あなたは私に子ヤギ1匹くれたことはありません。

それなのに、遊びほうけてあなたの財産を使い果たしたダメな弟には、最上の子牛を与えて祝宴をあげるのですか!?

私は納得できません!

父親はなだめて言いました。

父親
父親
息子よ、よくお聞き。

お前はいつだって私のそばにいた。だから、私のものは全てお前のものなのだ。

そして、今、死んだと思っていたお前の弟が無事に帰ってきた。お祝いするのは当たり前じゃないか!

放蕩息子は”神の大きな愛”がテーマ!?

さて、このお話でイエス様は何を伝えたかったのでしょうか?

放蕩息子の大きなテーマは、“神様の大きな愛・憐れみ深さ”です。

 

まず、このお話に登場する人物が誰のことをたとえているのかをまとめると、

  • 父親  ➡神様
  • 放蕩息子➡罪を犯した人間

という感じになります。

 

そう、私たちはこの放蕩息子のことを見て、

どうしようもない奴だな〜。

なんて思うかもしれませんが、放蕩息子というのは他ならぬ私たち自身なんです。

神様に背くような罪を犯したり、欲望のまま好き放題生きたり。。

 

しかし、神様はこの父親のように憐れみ深く愛に満ちたお方。

私たちがどんなに罪を犯しても、

反省して神様のもとに帰ると、いつでも温かく私たちを迎え入れてくださるお方なのです!

素敵な方ね〜!

 

ここに私たち人間に対する、神様のとてつもない愛”アガペー”があります

だって考えてもみてください。

 

最初に放蕩息子が父親に財産を要求する場面がありますが、こんなに失礼なことってあります!?(ヒートアップ)

「ところが、弟が父親に言った、『父よ、あなたの財産のうちでわたしがいただく分をください』。そこで、父はその身代をふたりに分けてやった。」

(ルカによる福音書15章12節)

だってまだ生きているんですよ、お父さん!

早く死んでください!お願いしやす!!

って言ってるようなものですからね、これ。

 

でも、父親は財産を与えたばかりか、それを遊びで使い果たして帰ってきた息子をも温かく迎え入れるのです。

いやいや、そんな寛容な父親いるもんか!!

と思うかもしれませんが、神様は本当にそういうお方なのです。

私たち人間は、神様に滅茶苦茶愛されているということを知りましょう!

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放蕩息子のたとえ話には”罪”の本質が描かれている!?

神様の愛や憐れみ深さが放蕩息子の大きなテーマだと述べましたが、実はこのお話にはもう1つ大切なメッセージがあります。

それは、“罪の本質とは何か”ということです。

 

キリスト教にとっての罪というのは、一般的に思われているような犯罪行為のことではありません。

キリスト教における罪の本質、それは“神様から離れてしまうこと”です。

 

神様に背を向けて生きるとも言えるでしょう。

そう、それはまさにこの放蕩息子の姿そのものです。

「それから幾日もたたないうちに、弟は自分のものを全部とりまとめて遠い所へ行き、そこで放蕩に身を持ちくずして財産を使い果した。」

(ルカによる福音書15章13節)

放蕩息子のお話は、どうしても遊びほうけてお金を使い果たしたことに目が行きがちですが、

最も重要なのは、放蕩息子が父である神様の元から離れてしまったという部分なのです。

見落としがちだにゃ~。

 

これこそが罪の本質なんですね。

しかし、放蕩息子は再び父のもとに帰ってきました。

「そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。」

(ルカによる福音書15章17~19節)

離れていた神様に再び立ち帰る、これが“悔い改める”ということです。

罪を犯しても悔い改めれば、神様はゆるしてくださいます。

 

罪というものを知る上で、放蕩息子のたとえ話はまさにおあつらえ向きなんですね!

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放蕩息子のお兄さんが可愛そう!?

この放蕩息子のたとえ話を読んで、もしかしたら納得がいかないという方もいるかもしれません。

それは恐らく、

え!?お兄さん真面目に働いてきたのにかわいそうじゃない!?

お父さんひどくない!?

という意見でしょう!

どうですか、当たっていますか?

 

僕も初めにこのお話を聞いた時は同じことを思ったので、気持ちは滅茶苦茶よく分かります。

自分もこのお兄さんと同じ立場なら、同じ気持ちになっただろうなと思います。

 

しかし、ここでのポイントは、イエス様がこのお話をファリサイ派や律法学者たちに語られたという点です。

ファリサイ派や律法学者たちはユダヤ教であり、律法などの規則を絶対視する人たちでした。

まさに、イエス様の教えとは真逆。。!

 

考えの違いからイエス様と彼らは対立関係にあったのですが、実は

放蕩息子の兄はファリサイ派や律法学者たちのことをたとえているのではないかと言われています

 

先ほどのようにまとめてみると、

  • 父親  ➡神様
  • 放蕩息子➡罪を犯した人間
  • 兄   ➡律法学者たち

こんな感じになります。

放蕩息子の兄は確かに真面目に働いてはいましたが、父親に愛を持って仕えていたわけではありません。

 

父親に好かれるために、ある種の義務感よって働いていました。

だからこそ、いつも近くにいながら、父である神様からの恵みや祝福を受け取ることができなかったのです。

 

この姿はまさに、律法を形だけ厳守しようとする律法学者たちそのもの。

イエス様は、そんな彼らを批判する意味でもこの放蕩息子のたとえを語られたといえます。

 

神様は心を重視されるお方。

正しい行動をしていても、心が伴っていなければ神様は喜ばれないんですね!

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まとめ:”放蕩息子”は神の愛と罪の本質を教えてくれるたとえ話!

決して長くはないですが、神様の深い愛情と罪というものの本質が分かる大切なお話でしたね!

有名なだけあって、やはり奥が深い。。

 

ところで、皆さんはこのお話の兄か弟どちらかに当てはまりましたか?

当てはまっても大丈夫!

 

神様の愛の前では全てが無力ですから。(言い方)

ではまた!

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キートン
月間4万PVを達成! 信仰生活28年のプロテスタントクリスチャンで、愛称は"キートン"(本名:辻 勇輝)。 キリスト教の面白さを伝えるために、分かりやす~く情報を発信中。 所属教会は”ひばりが丘バイブルチャーチ”です。 趣味は、曲作り、映画鑑賞、読書、筋トレ、散歩など。

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