ジーザス、エブリワン!キートンです。
ここ最近よく聞くようになった“自己肯定感”という言葉。
皆さんももしかしたら、


確かに、自分を肯定できるかは人生においてめちゃくちゃ重要なこと。
自己肯定感が低いと、何かと生きづらさを感じることもあるでしょう。
そこで今回はそんな方のために、クリスチャンの僕が自己肯定感を高めてくれる聖書の名言を
一般的な自己肯定感の高め方とは違うアプローチになっているので、注目です!

Contents
“自己肯定感を高めてくれる”名言
「わたしの目には、あなたは高価で尊い。 わたしはあなたを愛し
(イザヤ書43章4節)
これはクリスチャンの間では非常に有名な御言葉です。
どうですか、読んでいるだけで自己肯定感が高まってくるでしょう?
何とも美しい御言葉ですよね。
それではこの御言葉から得られる学びを見ていきましょう!
今回の名言から学べる教訓
今回の教訓は2つです!
あなたは神様にとてつもなく愛されている

今回ご紹介した御言葉だけを見ても、

と思うかもしれません。
これは、この世界を造られた神様が私たち人間に向かって語られた言葉です。
まあ正確には、ヤコブという人に向けられたものですが彼は人類代表のようなもの。
つまり何が言いたいかというと、神様は私たち人間をめちゃくちゃ愛されているということです!!
神様から見たら、私たち人間は”高価で尊い”のです。

いきなりそんなこと言われても信じられるわけないじゃん!
そうですよね。
そもそも自分を肯定できなくて悩んでいるのに、神様に自分が愛されているという驚愕の事実をすんなり受け入れられるはずがありません。
そんなの、音楽を聴いたことがない人にモーツァルト並みの楽曲を作れと言うくらい無茶なことです。(言い過ぎ)
しかし、神様が私たち人間を愛されているという決定的な証拠があります。
それは、神様が地上にイエス・キリストを送られ人間を罪から解放してくださったという事実です。
聖書にはこう書かれています。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」
(ヨハネによる福音書3章16節)
そう、神様は自分の子を十字架で死なせてまでも人間を救いたかったのです。

それほど神様に愛されている私たち自身が自分を愛せないでどうしましょうか。
“私たちは神様に愛されている”
そのことさえ分かれば自然と自己肯定感は高まっていくはずです!

あなたは神様にありのままで愛されている

私たちは神様に愛されていると言いましたが、もしかしたら

と感じたかもしれません。
しかし、それは神様の愛を誤解しています。
神様の愛は無条件の愛“アガペー”なのです。
私たちは何かに優れているから、何か結果を残したから、神様のために何かをしたから愛されているわけではありません。
私たちは存在そのものをありのままに愛されているのです。

いいえ、あるんです。(食い気味)
私たち人間は条件付きの愛にあまりにも慣れ親しみ過ぎているので、この神様の愛にピンとこないだけです。
考えてみてください。
皆さんは自分の子供ができたとして、その子を条件付きで愛しますか?
顔が自分のタイプじゃなかったら、能力が低かったら愛さないのでしょうか?
違いますよね。
ただそこにいるだけで愛おしくてたまらないはずです。
神様が私たちに注いでくださっている愛も同じです。
我が子を見守るようにありのままの私たちを愛してくださっています。

自己肯定感というのは、自分をありのままに受け入れることができる感情のこと。
条件付きの愛は決して自己肯定感を高めてはくれません。
無条件の神様の愛を受け取って、自己肯定感を高めていきましょう!

まとめ:神の愛を知れば自己肯定感は高まる!

◎今回の教訓
- あなたは神様にとてつもなく愛されている
- あなたは神様にありのままで愛されている
一般的な自己肯定感の高め方は、自分1人で完結するものがほとんどです。
しかし、神様の愛を知ることは結果的に自己肯定感を大きく高めてくれます。
自己肯定感は幼少期の家庭環境で決まるなんて言われていますが、それは親の接し方が子どもの自己肯定感を左右するからです。
親に励まされたり愛されたりして育てられた子供は自己肯定感が高くなるし、けなされたり雑に扱われた子供は自己肯定感が低くなる。
しかし、自分の親に認められずに育ったとしても神様の愛は永遠であり不変です。
家庭環境が悪かったと諦めずに、神様の愛を感じましょう。
そうすれば少しずつ自己肯定感も高まっていくはずですよ!
ではまた!
